ダメな自分を受け入れる。視点を変える効果とは?

せっかく何かやる気を出して取り組んでみても、
なかなかうまくいかない結果に一人落ち込んでみたり。
やる気を出して「頑張ろう!」と思った時こそ、うまくいかないと私たちは
特に、落ち込んでしまいがちですよね。

 

気を引き締めて、やる気を出して行っただけにうまくいかないと、どうしても
途端にやる気が減退しがちです。

 

 

そんな時、視点を変えることで「ダメな自分」に落ち込まず、気にせずに
物事を意欲的に続けられる人間になります。

 

 

・自分がダメ人間だと思うのは、できないところばかり見るから?

・今できること、自分にしかできない「長所」を探してみる
・「今日一日だけ頑張る」意識が成功を引き寄せる

自分がダメ人間だと思うのは、できないところばかり見るから?

何をするにしても、せっかく取り組み始めたのに思うようにいかないと、
次第に気分が沈んでしまいがちです。
そして、やがてやる気も減退し最終的に思うこと。それは、

 

「ああ、全然うまくいかない。なんで自分ってこうダメ人間なんだ…」と、
自分を責めてしまうこと。

 

 

「できない」「思うようにいかない」とくれば、私たちはどうしてもつい、
自分自身を責めてしまいがち。
できないよりもできるほうが余計なことに惑わされず、淡々と物事をこなせる
ので、当然気分も悪くはなりません。

 

要するに、「できない」からこそその「できない」ことに囚われては、
気分を悪くして余計に集中できず、「できない」という結果になる。
これではまさに、悪循環でしかありませんよね。

 

 

できない、うまくいかないと一度自覚すればそれがわかっているだけに、ことを
うまく運ぼうとします。
だからこそ、余計に肩に力が入り「できない自分」から「できる自分」に
なりたいと、そこで必死に努力する。

 

けど、例えば気分一つ悪ければ思考が濁る原因にもなります。
思考が濁れば、物事をどうしても「歪んだ目」で見てしまうので、冷静な時と
違って「健全な思考能力」を発揮できません。
→自分を客観視する癖をつけるとネガティブからポジティブになれる
→焦りや不安に支配されない人間になるために

 

 

すると、ますます余計なことを考えては集中力を切らし、「できない自分」が
助長されてしまう。結果的に、「できないこと」に囚われて思考を濁した
せいで、何一つ順調に進まず気分も悪い状態を保ったまま。

 

 

こうなってしまう最大の原因は、そもそも自分で自分を「ダメ人間だ」と
判断してしまっている…つまり、「できない=悪いこと」だと判断する、
その考え方にあります。
→善悪の判断を下す人ほど、生きるのがつらいと感じやすい

 

一体、どういうことでしょうか?

今できること、自分にしかできない「長所」を探してみる

人にはそれぞれ、得手不得手がありますよね。
つまり、人によって個性も考え方も様々で全く同じ人などいないからこそ、
何をするにしても「得意なこと」「苦手なこと」が出てくる。

 

思考が濁る最大の原因は、「できないことにばかり目を向ける」ことにあります。
できない=悪だと一度判断してしまえば、そこから余計な思考が生まれます。

 

 

「ああ、やっぱりこんなこともできない自分ってダメ人間だな…」
「他の人はできてるのに、要領が悪くてなんてダメなんだろう」

 

 

こんな風に思ってしまうと、やはり「今やっていること」にも集中できませんし、
何より「できない自分はダメだ」と、自分で自分を否定してしまっているので、
余計に自信をなくし物事に対するやる気も無くなります。

 

ダメだ、と思えばそこからどんどん「できない自分」に対してやる気も自信も
失い、せっかく意欲的に取り組んでいたことでも集中力が切れてしまう。
「ダメ」だから、「できるようになりたくて」取り組んでいるはずなのに、一方で
その「ダメ」な自分を認識してしまえば、そこからどんどん自信喪失する。

 

 

これでは、いつまで経っても「できない自分」を認めることなどできません。
そもそも、「ダメな自分」に落ち込んでしまう原因は、「自分のダメなところ
ばかり見るから」だとは思いませんか?

 

 

要するに、自分にも個性や得手不得手があるというのに「できるところ」を見ずに
「できないところ」ばかりを見ては、一人嘆いている。

 

「できないところ」を意識して、取り組むのは一見向上心があり伸びていける
姿勢にも見えます。
しかし、他ならない「できない」からと、そのできない部分にばかり囚われて
しまえば、能力を「伸ばす」どころか伸ばすための弊害にしかなりませんよね?

 

 

 

若い竹

 

 

 

「できない」からこそ、できるようになりたくて必死に努力する。
それなら、「できない」ことに囚われるのではなく「今はできない」と、一旦
できない自分を認めるほうが、よほど建設的な考え方と言えます。
→自己肯定感が低い原因と対処法とは?
→自分の嫌いなところを受け入れると穏やかになれる

 

「できない」からこそ、できない自分に落ち込んで、やる気を無くしてやめる。
そうなるくらいなら、最初から「今はできない」と、できないことに必要以上に
囚われず、気にせずに「できるようになるまで、努力する」。

 

 

例え今はできなくとも、必死に高い向上心を持って伸びる姿勢のあるあなたなら、
必ずいつか成果が出るまで続けられるはずです。
だからこそ、今できないことがあっても、気にする必要などないと思いませんか?

 

そして、できない自分に囚われないためのもう一つの方法として、
「できないところ探し」よりもまず「できるところ探し」をする、というものが
あります。

 

 

つまり、自分の短所ではなくまず長所を意識して探してみる。
人間、得手不得手がありますから必ず「うまくできるところ」すなわち長所が
誰にもあります。

 

些細なことだとしても、今まで大した苦労もせずにうまくできたこと、思った
よりもうまくいったこと。あなたにもいくつか、あるのではないでしょうか?

 

 

だとしたら、「今できないこと」に囚われてやる気を無くし、自信喪失する
くらいなら、例え小さなことでも自分の長所を探し、そこを意識して意図的に
やる気を出し、自信を高めたほうがよほど有意義というものです。

 

あなたにしかできないこと、あなたが得意なところ。
それは一体、どのようなところでしょうか?
以下の記事も一度、参考になさってみてくださいね。
→今できること・得意なことのみを伸ばしていく

「今日一日だけ頑張る」意識が成功を引き寄せる

どうせ物事を行うなら、好きなことにしてもそうでないことにしても、
楽しく行えたら…と、あなたも思いますよね。

 

嫌々やっても時間が経つのは遅いし、適当にやっても能力は伸びず、自分の
身にもならない。
だとしたら、一番成果が出て余計なことを考えず、物事に集中できる方法は
やはり「目の前のことに、全力で取り組む」「一点集中する」ことです。

 

 

全力で意識を集中するからこそ、他の余計なことを考えるヒマがない。
「嫌だな」「めんどくさいな」と思いながら嫌々やったところで、意識を
集中できないのでちっともはかどりません。
しかし、全力投球できれば例え短時間でも、必ずあなたの成長に繋がります。

 

人間の能力が伸びる時というのは、物事に真正面から取り組み、頭を使って
考え抜いた時だからですね。
考えず適当に行っていれば、「自分の能力を最大限発揮した」とは言えないので、
どうしても能力の伸びは遅くなってしまいます。

 

 

やる時は全力でやるけど、休む時は目いっぱい休む。
そのメリハリがあればこそ、私たちが目指す「働かずに自由に暮らせる未来」を
最短で手に入れられるということ、私もこのブログで繰り返しお伝えしています。
→無気力を克服するためにしたい2つのこととは?
→アフィリエイトビジネス成功者の特徴

 

何もできない時に無理してやる気を出す必要はありませんが、それでも
やる気がない時、少し意識を変えることで気持ちが変わることもあります。

 

 

例えば、「今日まで頑張ってこれたんだから、この先もきっと大丈夫」
思ってみる、など。
どういうことだか、あなたはお分かりですか?

 

 

 

あさがおピンク

 

 

 

私たちが今こうして生きていられるのは、何も「当たり前」などではありません。
思えば、この不安定な世界で「今日まで生き延びられた」そのこと自体が
考えてみれば、奇跡的なことと言えます。

 

というのも、やはり星の数ほどいる人間の中で、両親が出会ったことからして
奇跡のような確率です。
そして、ずっとさかのぼっていけば祖父母やその前…とずっと彼ら祖先が出会い、
子を成してくれたからこそ、今私たちはこうしてここに生きていられます。

 

 

例えば、私は難産で生まれました。
母や看護士さんが懸命に彼女らの「できること」を頑張ってくださったからこそ、
今私はここに「当たり前のように」生きていられます。

 

しかし、例えば身体が弱かったり何かの歯車が一つでも狂えば、私はこの世に
生まれてはいなかったかもしれない。
私だけでなく、もちろんあなたも例えば過去、父親と母親が出会っていなければ。
生まれる時、何か一つでも手違いがあれば。

 

 

お互い、今ここにこうして生きていることはできなかった可能性も、決して
ゼロとは言えませんよね?
そう思うと、生きていることは決して当たり前などではなく、奇跡的な確率
だと、感慨深い思いが生まれそうなものです。

 

そう、奇跡的な確率で私たちは今日、ここまで生き延びて来られました。
だからこそ、「今日まで生きてこられた、頑張ってこられたんだからこそ」
これから、何があっても大丈夫。そのように思えてきませんか?

 

 

今日まで頑張ってこれたからこそ、これから先私もあなたも何か「とんでもない
こと」を成し遂げられる可能性も、十分にあります。

 

この世界に生きている以上、そして諦めずに自分のやりたいこと、やるべきことを
続けている以上は可能性は無限に広がっていると、私はそのように思います。

 

 

「今日まで乗り越えてこられたんだから、きっとこの先も大丈夫。」
「今日一日だけ、少しだけ頑張るつもりで生きてみよう」

 

 

そう思えることで、自然と肩の力が降り「今やるべきこと」に集中して
取り組めるようにもなってきます。
未来がどうなるかわからないからこそ、その「わからない」に囚われるよりも
「わからない」ことをも活かして、「どうなるかな?」とわくわくしたい。
あなたは、そのようには思いませんか?

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。