鈍感な人になると人生を気楽に生きられる?

あなたは、「鈍感」と聞くとどのようなイメージがありますか?

 

もしかすると、あまりいい印象を持っていないでしょうか。

 

 

気が利かない、など何かとマイナスイメージのある鈍感ですが、
しかし鈍感な人として生きるからこそ。

 

人生を気楽に生きられる…ということを、
あなたはご存じでしょうか。

 

 

全てのことに対して、鈍感になる…というのではなく。

 

時に、
鈍感な対応をすることで意図的に人生を気楽にもできます。

 

 

・気楽に生きるには人にも物にも「まあいいか」

・不安感が強い人に共通する意識とは?
・生きづらい人にならないためにできること

気楽に生きるには人にも物にも「まあいいか」

まず、気楽に生きるためには「考え方を変える」
必要があります。

 

例えば、四角四面。
白黒はっきりつける…というような人。

 

 

いつも、基準や基本に沿って物事を判断する。

 

世間の常識、一般論、
人の意見や多数派、少数派。

 

→一般論や常識に振り回されると「生きるのがつらい」と感じる理由

 

 

特に、私たち日本人は「周囲を基準に」
物事を判断する人が、とても多いです。

 

→もう生きていく自信がない、と悩むあなたへ

 

 

かくいう私も、全くそのような傾向がないか、
と言われればそんなことはありません。

 

むしろ、ずっと人目を気にして生きていたからこそ、
周囲の基準を大事にしていたような気がします。

 

 

気楽に生きる人は、型にはまっていない…
という意味では適当な面があるのではないかと思います。

 

 

というのも、私も昔はなんでも「きっちり決めて」行わないと、
気が済まない四角四面のタイプでした。

 

 

5時集合だと言ったら、絶対に遅れたくない、
失敗したくないからと15分前に現地に行き、
いつも落ち着かない様子で他の人が来るのを待つ。

 

 

 

フレンチトースト

 

 

 

食べ物の賞味期限は、
一日でも過ぎたら食べられるかどうかと、執拗に疑う。

 

 

「基本」や「基準」を誰よりも完璧に守り、
そこからはみ出している人を見ると、
仇のように冷たい視線を送る。

 

 

とこのように、かつての私は「なんでも、
型にはまってはみ出すのを恐れる」人間でした。

 

一見、真面目で問題を起こさないタイプの人間にも見えますが、
その実「型にはまる」ことは個性がないことでもある。

 

 

なので、自分で個性を潰し人に合わせることばかりしていたかつては、
常に息苦しかったな…と、今になって思います。

 

 

今は、そんな「四角四面」をやめて時に「まあいいか、
そんなきっちりしなくても」と、
自分に「適当であること」を許しています。

 

なぜそうなったかは、やはり「自分を受け入れる」
ことに成功したからだと思っています。

 

→自分の嫌いなところを受け入れると穏やかになれる

 

 

だからこそ、かえって肩の力が抜けて前より、
随分気楽に生きられるようにもなりました。

不安感が強い人に共通する意識とは?

不安が強い人は、
やはり過度に「失敗を恐れる」傾向にあります。

 

というのも、かつての「四角四面な自分」を見ていて、
そのように思いました。

 

 

例えば、上記の例。

 

賞味期限一つ取っても、気にしすぎるのは「切れたものを口にして、
何かあったら嫌だ」と思うからですね。

 

何か…とはつまり、おおよそ食中毒でしょうか。

 

 

「保証されていない、安全でないもの」を取り入れることで、
自分に対して「予期せぬ健康障害」が訪れるのを、
異様に恐れていた。

 

 

冷静に考えてみれば、賞味期限を一日過ぎたからといって、
確かに品質の劣化はあるかもしれません。

 

しかし、例えば「いきなり健康に被害が出るか?」と言われれば、
当然多くそんなことはありませんよね。

 

 

もちろん、物にもよりますがおおよそ「一日基準を過ぎたくらいで、
取り返しのつかない失敗に繋がるか?」と言われれば。

 

食品を始めとし、どんな物事もそのようなことにはなりません。

 

 

確かに、例えば賞味期限なら「その期間内」に食べるからこそ、
おいしくいただける。
それは、間違いのない事実です。

 

だからこそ、どうせならその「期間内に」いただくのが、
最善であるとも思います。

 

 

しかし、だからといって「過ぎた期間を、必要以上に気にしすぎる」
のはかえって「心の不安」という、問題を生んでいる。

 

そのようにも思いました。

 

 

理想は、一日過ぎたくらい気にせずに「何でもおいしくいただける」、
「基準にこだわらず『まあいいか』の精神で物事をこなす」
ことではないかと、そう思いませんか。

 

 

結局、私たちの不安を生むのは私たち自身の「考え方」

 

だったら、できる限り気楽に「まあいいか」…と過ごすほうが、
よほど不安も心配もなく、日常を快適に過ごせるはずです。

生きづらい人にならないためにできること

これは、人に対しても同じことが言えます。

 

むしろ、人間社会で生きるため
「一人では、決して生きていけない」からこそ。

 

私たちは、「人に対して」こそ鈍感になると、
気楽に過ごせるのではないか。

 

そのように思います。

 

 

例えば、人に言われたこと。されたこと。

 

同じ一言に「傷ついて、いつまでも気にする」人がいる一方で。

 

対して気にせず、1分後には他のことに集中して、
気楽に過ごす人もいます。

 

 

考えてもみてください。
例えば、今日あなたは誰かとケンカしたとします。

 

 

些細な思い違い、あるいは勘違いなどで「意見の食い違い」に発展し、
少し穏やかでない空気が流れたとしても。

 

仮に、その場では解決できなかったからといって「気にする」ことで、
その問題の解決に繋がるでしょうか?

 

 

答えは、NOですよね。

 

「今、頭の中でいくら『起こったこと』を空想しても、
解決には至らない」。

 

なぜなら、
あなたの頭で考える物事は「頭の中の、想像」でしかないからです。

 

 

実際に、起こっていないことや起こるかどうかわからないことを、
何度も頭でこねくり回して考えてしまうこと。

 

 

私も、今までそれでたくさん気分を悪くしてきましたから、
よくわかります。

 

考えたくない、と思うだけに思考の泥沼化は防ぎたいですよね。

 

 

確かに、どのようなケンカにせよ「まだ解決していない」なら、
その人と顔を合わせるたびに気まずい空気が流れるかもしれません。

 

 

しかし、それも一時的には仕方のないことです。

 

やはり、気まずいのが嫌だからと気にしても、
「解決する」という行動を行わないことには、何も進展はありませんよね。

 

 

 

夕焼け

 

 

 

気まずいのが嫌なら、
時間をかけても解決しようと行動すればいい。

 

頭の中で、
ただ「行動した自分」を想像するだけでは、進展はない。

 

 

何度も言いますが、頭の中で思考をいくら巡らせても、
問題解決に繋がらないどころかあなたの「気分を悪くする」だけです。

 

→つい考えすぎるあなたへ。先々のことを考えない方法とは?

 

 

人に対しても、同じ。

 

言った、言われた…と過去のことをいくら気にしても、
今すぐその時に戻ってやり直すことはもはや不可能です。

 

 

だったら、最善策は「なるべく気にしない」又は「まあいいか」と流すこと。

 

 

例えば、人に嫌なことを言われた時にしても同じです。

 

心ないことを、平気で言うような人もいます。

 

そんな人たちに、
人の気持ちのわかるあなたがいちいち傷つくのは、不毛です。

 

 

それに、傷ついた様子を見せるのはあなたにとってもシャクなはず。

 

なぜなら、相手は「傷つけたくて」言葉を発しているなら、
あなたが傷つけば「思う壺」になるからですね。

 

 

こんな時、一つ一つの言葉を真に受けて重く受け止めるよりも。

 

「軽く笑って、受け流す」ほうがよほど気にせず、
傷つかずに済みます。

 

 

何か、心ないことを言われても笑って受け流すことで、
相手はそれ以上あなたを相手にはしません。

 

あなたに、「真面目に聞く意志がない」ことがわかったからですね。

 

 

嫌な人にしても、
反応すればするだけ相手はつけあがるのだとしたら。

 

最善策は、「笑って受け流す」こと。

 

 

例え、嫌なことを言われても「まあいいか」と思えれば、
それだけで気が楽にもなります。

 

大したことじゃない、気にしなければ済むことだ…
と気持ちを切り替えるきっかけにもなります。

 

 

生きづらい人にならないための、キーワードは「まあいいか」

 

 

今日からでも、
気楽に生きるために取り入れてみてはいかがでしょうか。

 

 

きっと、アフィリエイトも「問題があっても、まあいいか…の精神で
軽く受け流す」折れない心を鍛えられるはずです。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。