学校に行けない、働けないと悩んだ時の解決法

こんにちは、りうるです。

 

できないこと、やりたくないことを無理してやろうとするとつらいですよね。

 

「行かなくちゃいけないのに、行けない。行きたくない…」
「働かなくちゃいけないのに、働けない。働きたくなんてない…」

 

あなたはこんな風に思って、一人で悩んではいませんか?

 

 

今回は、「やりたくないなら、無理してやらなくていいんじゃない?」という話。
「学校に行けない、働けない」と苦しんでいた頃の私の実際の経験を交えて、
お話ししていきたいと思います。

 

大丈夫。学校に行かなくても、働かなくてもなんとかなります。

 

 

・「行けない」「働けない」自分の本当の思いは?

・考えると「つらい」なら、やめてしまっていい理由
・学校教育は役に立たない。生きる術は、働くだけじゃない

「行けない」「働けない」自分の本当の思いは?

まず、学校にしても働くことにしても「できない」と一度思えば、そこには
共通点があります。
それは、「できない自分を責めてしまう」ということ。

 

私は不登校からの引きこもりですし、現在も働いていないので
「学校に行けない」「働けない」、この両方に、長年苦しまされてきました。

 

あなたももしかすると、この「できない」自分が嫌で激しく責めたり、
何度も嫌な思いをしてきたのではないでしょうか?

 

 

私にも、まだ「できない」自分を認めることができていない頃は
似た経験をたくさんしてきたので、その気持ちはよくわかります。

 

例えば学校に行けなくなった頃は、親や兄弟にいくら「行きたくない」と訴えても
聞き入れられず、無理やり引っ張って連れて行かれそうになったこともあります。

 

そして、自分の意見は受け入れられず「無理やり引っ張る」なんてことをされると
当然傷つきますし、何より悲しかったのは「できない自分を認めてもらえない」
ことでした。

 

 

当時はもちろん、そんなことを考える余裕もありませんでしたし、何しろ
私も子供でしたから、ただ「学校なんか、行きたくない!」とそれだけでした。

 

ですが、「行きたくない」からには当然理由があるんですよね。

 

私の場合は部活の人間関係が嫌で仕方なく、放課後その時間に近づくたびに
お腹の奥がぎゅうと痛くなって、動悸がして息が浅くなる経験を何度も
繰り返してきました。

 

 

働くことにしても、慣れてきたら同僚の苦手なおばちゃんのことを考えると
またお腹が痛くなり「ああ、やっぱりなんだ…」と落ち込んだのを覚えています。

 

誰だって、学校や職場では「波風立てず、うまくやりたい」と思うし
自分がなじめずに一人浮いてしまうのは、どうあっても避けたいですよね?

 

 

 

梅の花

 

 

 

それでも、やっぱり「そうなってしまう」ことに絶望し落ち込み、
「やっぱり私は、集団行動には向いていないんだ」「協調性がないんだ…」と
一人で強烈に実感した時のどうしようもなくやるせないむなしい感覚は、
今でも頭の中にしぶとく残り続けています。

 

別に悲劇のヒロインを気取っていたわけではないですし、むしろ学校に行けない
自分、人と同じことができない自分を責めていました。

 

 

「みんなできているのに、なんで私にはできないんだろう…」
「当たり前のことができないなんて、自分はなんてダメな奴なんだ…」

 

 

今までごく当たり前に、なんの疑問も抱かずに「人の枠の中」にいた人間が、
ある日突然その「枠」から離脱すれば、そんな風に思うのも仕方ないことですね。

 

そんな風に当時は「できない自分」ばかりを責めていた私ですが、引きこもって
家にいるようになってからは、「後ろめたさ」の反面その「自由さ」に驚きました。
また、「一人でいること」の心地よさを知り、「居心地がいい」とすら
思えるようになりました。

 

 

もちろん、最初はやはり「できない自分」をずっと責めていましたし、
心が癒されるまでに長くかかりました。
自己啓発書を読んだり、母が優しくなったりと色んな変化を経て、私はやがて
気づくことができました。

 

学校に「行けなかった」のではなく、「行きたくなかった」んだ、
「働けなかった」のではなく、「働きたくなかった」んだと。

 

 

そして、「集団行動」に疑問を感じ、
「個性的な個人」を受け入れようとしない学校や社会に対して、底知れない
違和感を感じ始めるようになったのもこの頃です。

考えると「つらい」なら、やめてしまっていい理由

今までの私は、学校には「行かなきゃいけないもの」だと思い込んでいたし、
仕事や職場に行って「働かなきゃいけないもの」だと思い込んでいました。
というよりは、社会によって「思い込まされて」いました。

 

今も多くの人たちが「学校は、行かなきゃいけない」「働かなきゃいけない」と
思い込み、それになんの疑問も感じず当然のように受け入れているのは
国や社会が、「そういう価値観になるように育ててきた」からです。

 

 

学校教育は、受けるのが当たり前。
仕事は、するのが(働くのが)当たり前。

 

そんな風に思い込ませ、国や社会のトップが「自分たちが儲けるための基盤と
なってくれる、都合のいい人材」を育てるために、
将来汗水垂らして、「自分たちのために」働いてくれる人間を育て上げる。

 

 

経営者は、基盤となる下の人間が支えてくれないとその経営は成り立ちません。
会社の社長でいられるのは、下で一生懸命働いてくれる人たちがいるからですね。

 

そして「学校教育」も、そんな「大人になっても、従順に国や社会に従う」
人間を作り上げるための「仕組み」の一つでした。

 

つまり、私たちは知らないうちに「生まれた時から」、国や社会にとって
「都合よく」動く人間になるよう、選択肢を限定されてきた、ということです。

 

 

 

ビル

 

 

 

個人の自由を尊重しながら、一方で「人と同じにできない、しようとしない」人を
暗に排除しようとする世の中。
「多数派こそが正義、少数派は異常」とでも言いたげなその、おかしな風潮…。

 

それらは全て、「国や社会によって「都合の悪い」人間を排除するための、
暗黙の了解」ですらあるのかもしれませんね。
→一般論や常識に振り回されると「生きるのがつらい」と感じる理由

 

 

そんな社会のシステムに気づいてからは恐ろしくなり、私は「もう二度と、
働いたりするもんか!」と強く決心し、「働くこと」を完全に放棄しました。

 

国や会社のトップを儲けさせるため、都合のいい人材になるために
自分の自由時間を犠牲にして、働くなどとてもバカらしいとは思いませんか?

 

私は心底「働きたくない」と思ったので、なら
「働かずに暮らしていける方法を本気で探そう」と思ったのが正直な気持ちです。

 

そう、私は「働けない」のでなく「働きたくない」ということに気づきました。
→「働きたくない」なら、本気で自由になれる方法を探す

 

 

なぜ、働きたくないと思うのでしょうか?

 

それはやはり、暗に「人と違う」人を除外しようとする社会、
「出る杭は打たれる」社会に底知れない疑問と違和感を感じたからです。
そして、自分の自由な時間の大半を、国や社会のトップのために捧げるなんて
とてもできない、絶対にやりたくないと思ったからです。

 

 

さて、あなたはどうでしょうか?
私は、「働きたくない」ということに気づき、別の道を選ぶ決意をしました。

 

あなたも現在、「学校に行っていない」「働いていない」など、
一般社会には理解してもらえない悩みや苦悩を抱えておられることと思います。
もしかすると、「誰にも言えない、わかってもらえない」とたった一人で
苦しんでおられることかもしれませんね。

 

 

だとしたら、あなたがこれから「望む道」はなんでしょうか?
あなたは、本当に「学校に行きたい」「働きたい」と思っていますか?

 

だとすれば、私からあなたに言うことは何もありません。
ですが、この記事を開きここまで真剣に読んでくださったあなたですから、
「現状を変えたい」という思いが確かにあるのではないでしょうか?

 

 

あなたがあなたの自由時間を大半削って学校教育や、働くことを選ぶ道を
果たしてあなたは、本当に望んでいますか?
もう十分すぎるほどに苦しんだあなたが、これ以上国や社会のために
苦しめられる道を、どうして選ばなければならないのでしょうか。

学校教育は役に立たない。生きる術は、働くだけじゃない

もしも「やめたい」「やりたくない」と思っているなら、「やめてしまう」のも
一つの手です。
「みんながやっているから」「しなくちゃいけないから」と思う気持ちも
よくわかります。

 

私も、過去にずっと「学校に行けない」「働けない」と悩んでいたので
「できない自分」をつい責めてしまう気持ちは痛いほど理解しているつもりです。
→もう生きていく自信がない、と悩むあなたへ

 

ですが、あなたの本心はどうでしょうか?
仮に、本音では「やりたくない」と思っているのに「しなきゃいけないから」と
自分を思い込ませて「する」ことを選んだ場合。

 

本心では「やりたくない」と思っているので、当然長続きしませんし
ストレスも溜まり、どこかで必ず息切れすることになりますね。

 

 

学校教育とは、正直な話生きていく上で役に立つことなどありません。

 

例えば数学者や科学者などを目指していれば話は別ですが、
普段の生活の中で必要な「学校教育の知識」など、たかが知れています。

 

そもそも、学校で学ばなくともその気さえあれば、自宅の自室で一人で学ぶことも
できますし、今の時代ネットで何でも調べることができますよね?
つまり、何も「学校で教わることにこだわる」必要は全くないわけです。

 

 

現に、学校に通っていても頭の良し悪しがあるのは、「学ぶ気があるかないか」
が関わってくるため。
もちろん個人差もありますが、「学ぶ気さえあれば、どこでも学べる」のは
事実です。

 

私の学習を妨げた唯一のものは、私が受けた教育である。
[出典:アインシュタイン]

 

私も、一人で独学で語学の勉強をしていますが、なんの問題もなく進んでいます。
なので、仮に「学校に行けてない」ことで「勉強に関して、遅れをとる」と
悩んでいるなら、そんな必要はないということですね。

 

 

 

手帳と眼鏡

 

 

 

そして、私たちが「生きていく術」は、働くことだけではありません。
今の時代、働かずに稼ぐ人がこの国にもたくさんいます。

 

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億以上の売り上げを上げる人もいるくらいです。
→アフィリエイトで100万稼ぐ人が実際にいる世の中

 

 

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→コピーライティングをブログに取り入れれば稼げる理由

 

 

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成功する人は、行動がずば抜けて早い人たちです。
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大丈夫です。パソコンとネット環境さえあれば、あなたは今後一生、「働くこと」
を放棄して仕事に悩まされずに生きていけます。

 

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下記の記事もおすすめです。一度読んでみると、参考になりますよ。

 

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