人に嫌われるのが怖いと思った時に考えたいこと

この記事を開いたあなたは、「人に嫌われるのが怖い」という
切実な悩みを抱えておられることかもしれませんね。

 

私も、人に嫌われるのはやはり怖いです。
態度で示されると傷つきますし、何となく雰囲気で示されるのも嫌ですよね。

 

 

今回は、「人に嫌われないようにする」のでなく「嫌われたっていい」と
思えるようになるための話です。

 

ブログではっきり自分の意見を主張し「読者に読んでもらえる記事」を書くため、
そして成功するためにも重要な話なので、一度目を通してみてください。

 

 

・嫌われるのは何も「あなたが悪い」わけではない

・世の中の全ての人に好かれる人など、一人もいない
・嫌われても「自分の意見を主張できる人」が成功をつかめる

嫌われるのは何も「あなたが悪い」わけではない

人から嫌われる、ということにあなたはどんなイメージをお持ちでしょうか?

 

 

「何か、無意識のうちに嫌われるようなことをしてしまったに違いない」
「あの時ああしていれば、嫌われずに済んだかもしれないのに…」
「嫌われるなんて、きっと自分に落ち度があるせいだ…」

 

 

多くの人は、人から嫌われるとこんな風に考えてしまいます。
つまり、嫌われることを「自分の問題」であり「自分のせい」だと
思い込んでしまうんですね。

 

自分の考えや行動が至らなかったから、相手を不快にさせた。
確かに、その理由もないとも言えませんがそれでも同じ出来事があっても、
あなたのことを「嫌いにはならない」人もいますよね。

 

 

そんなことを考えてみると、嫌われるのは本当に「あなたのせい」でしょうか?
あなたに問題があるから、相手はあなたのことを「嫌う」のでしょうか?

 

では、あなたのことを「嫌いにならない人」「好きでいてくれる人」は
懐がとんでもなく広い人だ、とあなたは思うかもしれません。
ですが、本当にそうでしょうか?

 

 

 

暗闇の中の光

 

 

 

同じ人間同士、誰しも馬が合う人合わない人はいます。
個性があってそれぞれに主張があって、顔形や性格も全て同じ人なんて
一人もいませんよね。

 

仮にあなたの目鼻立ちが気に食わないからと、嫌いになった人がいたとします。
あなたの性格が「気に食わないから」と、あなたのことを嫌う人がいます。

 

 

しかし、一方で同じ顔を見ても「可愛い、かっこいい」と言ってくれる人や
あなたの性格に好感を持ち、「気が合いそうだ」と思ってくれる人もいます。

 

つまり、同じ状況や条件であなたのことを「好きになるか、嫌いになるか」
(どちらでもないか)は、「相手の好みや感じ方の問題」であり、
決して「あなたの問題」ではない、ということになります。

 

 

あなたのことを「好いてくれる人」が、何も器が海のようにどこまでも広い
わけではなく、ただの個人の「感じ方」の問題なんですね。

 

 

例えば「この人、生理的に受け付けない…」なんて思った人がいるとします。
一度嫌悪感を持つと、人はその人のあら探しをし始めます。

 

眉の形が気に食わない、ダミ声が鼻につく、性格がひん曲がってる…など、
些細なこと全てが問題に思え、「気に入らない」と思えてくるのは全て
「その人の問題」です。

 

 

何も、相手の喋り方や態度、性格に問題があるわけではありません。
その人を嫌う人が、「偏見で見てしまっている」だけなんですね。

 

「全ての人に嫌われる人はいない」のが、何よりの証拠です。

世の中の全ての人に好かれる人など、一人もいない

どんな聖人君子であろうとも、世の全ての人から好かれて、ただの一人にも
嫌われない人などこの世界にはいません。

 

 

誰しも、馬の合わない人もいれば「何だか苦手…」と感じる人もいるし、
話していてすぐにケンカになったりと、ソリが合わない場合もあります。

 

人間であり、誰しもに個性や各々の性格がある以上、むしろそれはとても
アンバランスで機械と違って「人間らしい」とは思いませんか?

 

 

そんな中でも、「人に嫌われること」を異様に恐れて自分をうまく
出せない人がいます。

 

私も、今は他人事のように話していますが実際には人に「嫌われること」は
怖い思いがありますし、頭ではわかっていてもなかなか割り切ることが
できずに他人に愛想笑いを浮かべたり、うまく自分の主張を言葉で
表現できずに上ずったり、ということもあります。

 

 

特に、目の前にいる人と面と向かって話をしていれば中には威圧的な視線を
向ける人もいますし、人に対して怖い印象を抱き「うまく自分の意見を言えない」
のも、ある種で仕方のないことだと思います。

 

 

引きこもりやニートになる人は尚更、繊細で傷つきやすい人が多いですし
そうでなくとも、心優しく人の気持ちがわかるあなただからこそ、恐らく
「人との関係」に少なからず悩んでおられるのだと思います。

 

人に嫌われることを恐れ、自分を出せないと何が問題なのでしょうか?

 

 

 

猫3匹

 

 

 

例えば、八方美人で誰にでも愛想よく振る舞う人がいたとします。
「嫌われるのが怖い」あまり、そのような態度をしているのだとしても
本来、八方美人な性格でなかった場合。

 

 

「本当はわがままだけど、他人と争いになるのは嫌だから大人しくしてる」
「本当は意見をはっきり言いたいけど、嫌われたくないから言えない…」

 

 

こんな風な思いをいつもひた隠して、八方美人な自分を演じていると
常に「自分を偽っている」わけなので、当然ストレスも溜まりますよね?

 

あるいは「本当の自分を、他人に見せられない」という新たな悩みが
生まれるかもしれませんし、そもそも「自分を偽ること」のメリットとは、
一体何なのでしょうか?

 

もっと言えば、「人に嫌われること」のデメリットとは、何でしょうか?

 

 

例え一部の人に「ありのままの自分」を見せて嫌われたとしても、
恐らくその人たちとはあなたが今後「本音で語れること」はありません。

 

「本来の自分」を偽らず開示して、それであなたが嫌われてしまってももう、
あなたには他に「取れる策」が何一つないためですね。
「偽りのない自分の意見や主張」を聞いて、あなたのことを嫌う人がいるとすれば
それはもう、根本的な「価値観」があなたと違う人だ、というだけの話です。

 

 

価値観の違う人と無理して「わかり合おう」とする必要などありません。
お互いに意見が平行線なので、いつまで経っても交わらず
ただ、疲れるだけですよね。

 

確かに、一度嫌われると例えば「同じ空間で毎日顔を合わせる人」なら、
居づらい思いをしますしそうなるくらいなら、「なるべく嫌われたくない…」
と思って当然ですよね。

 

 

しかし、遅かれ早かれその人はあなたを「意見の不一致」「価値観の違い」
などから嫌う可能性はありますし、
いくら八方美人にふるまっていい顔をしていても、結局「あなたが疲れる」
だけなので何の解決にもならないとは思いませんか?

 

 

あなたが、「あなたの嫌いな人、苦手な人、意見の合わない人」のために
わざわざ「嫌われたくない!」といい顔をする必要など、ありません。
価値観の合わない人は、あなたにとっても「苦手な人」の可能性が高いです。

 

そんな相手のために、わざわざその相手のことを考えて気を遣い続ける日々を
送り、ましてや愛想よくふるまうなど、心底バカバカしいとは思いませんか?

 

 

愛想よくふるまおうとそうでなかろうと、あなたを嫌う人は嫌います。
好きになる人は、好きになります。
それが変えられないなら、いっそ気にするのはやめて「自分らしく」ふるまった
ほうがよほど、人間関係の不自由から解放されるとは思いませんか?

嫌われても「自分の意見を主張できる人」が成功をつかめる

どうせ世の中の何割かの人に嫌われる可能性があるなら、いっそのこと
開き直って、「思うままに堂々と自分の意見を発信する」ことを
決めて、それを実行すれば自由に生きることができます。

 

そもそも、誰かに遠慮して気を遣って「自分の本音を抑え込む」必要が
ないので、ネット上でも人と対面している時でも、好きなように
あなたの意見を言うことができます。

 

 

当然、好きなようにと言っても限度はあります。
例えば、わざと悪意ある言葉を投げ掛けたり人を傷つけるような行動を取るのは、
「自分の意見を主張する」こととは違います。

 

それは、ただの「傍若無人な人」であり「人の心がわからない人」で、
過去にあなたを無神経に傷つけてきた人たちと、なんら変わりませんよね。

 

 

誰しも、過去に傷つけられた経験や嫌なことを言われた思い出は
「心の傷」として、残っているものです。
その傷があるからこそ、私たちは他の人に「同じ思いをさせたくない」と
思えるし、傷ついた経験があるからこそ、その「心の痛み」がわかるんですね。

 

 

無神経に人を傷つける人になってしまえば、感謝されるビジネスどころか
復讐や報復を受けるリスクも伴い、やがて破滅していくことになります。

 

平気な顔をして詐欺や人を騙すことをする、無神経な人たちと同じようには
決してならないためにも、私たちは「人の気持ちに寄り添う」意識を忘れず
お互い、成長していきたいものですね。

 

 

 

敬礼

 

 

 

「自分の意見を堂々と主張する」ということは、「他人の批判を恐れず
自信を持って、自分の意見を発信する」ことです。

 

つまり、「人目を気にする」よりもまず、最優先に自分の「伝えたいこと」を
堂々と、素直に発信していく。
人の目を気にすると、どうしても「嫌われたくない」「批判されたくない」
という思いが先立って、自分が傷つかないで済む方法を探そうとします。

 

 

要するに、「はっきりしない意見を言う」「オブラートに包む」ことで、
批判や非難を回避して「人と争うこと」「嫌われること」を
確実に避けようとするんですね。

 

確かに、自分の意見を堂々と主張するのには勇気がいります。
時には批判され、非難されることもあるかもしれません。

 

 

しかし、それはあなたが「堂々と自分の想いを伝えたから」こその結果で、
例え批判や非難であれど、相手もまたあなたに「真剣に向き合ってくれた」
ことの証明でもあります。

 

最初から批判や非難を恐れ、曖昧な意見しか言えない人の話はそもそも、
誰の心にも響きません。

 

 

なぜなら、「オブラートに包んだ曖昧な言い回しで、結局何を言いたいのか
よくわからないし、本当の想いが伝わってこないから」ですね。

 

はっきり意見を主張すれば、より読者の印象に残るし直球で言葉を
投げ掛けられるので、グサッと心に刺さる可能性も上がります。

 

 

心に刺されば、「文章で人の心を動かす」ことが可能になるのでつまり、
反応や成約が取れる確率もぐんと上がりますし、
心が揺さぶられるのであなたのファンが増えることにもなります。

 

「はっきり意見を延べず、いつも曖昧な態度の人」と
「いつでもはっきり主張し、明確な信念のもと突き進む人」。

 

 

読者の立場になってみて、どちらを信じたいと思うかは一目瞭然ですよね?
「嫌われることを必要以上に恐れず、意見をはっきり言う」

 

 

これを意識して、日々のブログ記事で「読者の心を揺さぶる文章」をつづる
スキルを着実に、高めていきたいものです。
どうせ生きていくなら、人の痛みのわかる心優しい人間として、
「感謝されるビジネス」を行っていきたいですね。

 

→自分の主張ははっきり言う。言葉を濁すべきでない理由

 

以下の記事も読んでおくと、また一歩アフィリエイトで「働かずに稼ぐ、自由な
未来」に近づけます。

 

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