不幸な人は自分で「不幸になること」を選んでいる

世の中には、いつでもニコニコして機嫌よく幸せそうな人がいる一方で、
いつも不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、負の空気をまき散らす人がいます。

 

彼らはどちらも、「生まれた時からそうだった」わけではありませんよね。

 

では、何が彼らを「そう」させたのか?
彼らが「そう」なったきっかけと原因は、一体なんなのでしょうか?

 

 

詳しく見ていきましょう。
「前向きにアフィリエイトに取り組む姿勢」を育むマインド形成にも
関わってくるので、目を通しておくと成功にも繋がります。

 

 

・不幸な人がいつも「不幸そうに見える」その理由とは

・幸せも不幸も、その人の「状況や立場」が悪いわけではない
・考え方次第で、誰でも今すぐ幸福になることができる

不幸な人がいつも「不幸そうに見える」その理由とは

自分自身を、自ら「不幸にしよう」と思って不幸になる人はいません。

 

今現在自分のことを不幸だと思っている人にしても、
何も不幸になりたくてなったわけではないでしょうし、誰しもが
一度きりの人生ですから、できることなら「幸福でありたい」と願うはずです。

 

あなたも、不幸でいるより幸福でいることを望んでいますよね?
そしてもちろん私も、不幸を選ぶよりも幸福である、幸福になれる道を選び
進んでいこうと決心し、その一環として今このブログ記事を書いています。

 

 

不幸な人は、何も自分から望んで「不幸になった」わけではありません。

 

生まれた時の、赤ん坊が「自分は不幸であるべきだ」などとわけのわからない
ことを考えるはずもありませんし、恐らく子供の頃は無邪気で「目の前の幸せ」
を追い、素直に自分の思いや気持ちを表現していたことでしょう。

 

 

では、彼らは一体いつから不幸になってしまったのでしょうか?
そして、なぜ今も「不幸でいる」ことを選び続けるのでしょうか?

 

今不幸な人は、信じられないかもしれませんが「自分で不幸であることを選んだ」
人たちです。

 

今幸せを噛み締めている人は、「幸せになりたい」と思い「幸せでいること」を
選んだからこそ、現在も幸せな自分を目いっぱい楽しむことができています。

 

 

 

川

 

 

 

今、不幸な人というのは何らかのきっかけにより、一度起こった
「不幸な出来事」にいつまでもしがみついている人です。

 

不幸な出来事にしがみつく。どういうことだか、お分かりでしょうか?

 

つまり、もう過ぎ去った「過去の嫌なこと」をいつまでも思い返し、自分で
自分をわざわざ「不幸な気分、嫌な気分」にさせている、ということ。

 

 

もう今目の前の現実には、その「不幸な出来事」は存在していない。

 

それなのに、なお「不幸な(だった)出来事」を何度も何度も頭の中で繰り返し、
ある時は「あの時、もっとああしていれば…」と後悔し
ある時は「あれさえなければ、今の自分は違っていた」とその「不幸な出来事」
のせいにして、今の現実を見ようとしない。

 

もう「不幸な出来事」は存在していないのに、頭の中でたった一度きりだった
はずのその出来事を、何度も何度も再生する。
一度の経験をまるで100回、200回と味わったように脳内で再生を繰り返す。

 

 

お分かりでしょうか?
過ぎ去った「不幸な出来事」を何度も頭で再生することにより、その「物事」
だけに気を取られて、いつまで経っても前に進めないんですね。

 

だからこそ、言い方を変えればそれは「不幸にしがみついている」ことになるし
今の現実を見据え、前向きに変わっていく意志がない、とも言えます。

 

恥ずかしながら、これは過去の私自身の話です。

 

いつも「不幸」を思い返している人が、「幸せ」な顔をして幸せに過ごすこと
など、できるはずもないこと。思慮深いあなたはとっくに、理解していますよね。

幸せも不幸も、その人の「状況や立場」が悪いわけではない

恵まれた暮らしをしていようと、幸せを感じられない人がいます。

 

裕福な家庭に生まれ、何不自由ない暮らしの上で育とうと「無い物ねだり」
ばかりで、今ある物を見ようとしなければその人は「幸せ」とは言えません。

 

 

一方で、貧乏だったり資産や自慢できる物を何も持っていなくても、
いつも幸せそうに笑って前向きに生きていく人がいます。

 

彼らは、そもそも自分の「持っている物」にこだわらないんですね。

 

 

自分が「持っている物」によって、自身の価値が決まるとは思っていないので
地位や名誉、資産などというものにこだわりません。
そして、何一つ人に誇れる物を持っていなくても、「そんなものは関係ない」
とばかりに笑顔で、一日一日を懸命に生きていくことができます。

 

何も、幸せでない人が「一生懸命生きていない」などと、人の人生を
否定するような思い上がったことを言っているわけではありません。

 

 

幸せだろうがなかろうが、誰しもが今もどこかで今日を生き延びるために
何かしらの行動を取っていますし、
例え他人から見てそう見えなかったとしても、そんなことは関係なく当人は
一生懸命、その人なりに毎日を噛み締めて生きておられるはずです。

 

 

 

ソファとクッション

 

 

 

何かを「持っているから」幸せだったり、「持っていないから」不幸だったり
するのではありません。

 

例え、たくさんの物を持っていても自分自身の心が「満たされない」状態なら
その人は幸せ、とは言えないのでしょう。
何も持っていなくとも、心さえ満たされていればその人は幸せかもしれません。

 

 

幸せや不幸というものは、他人が客観的に判断して決めるものではありません。

 

遠目に見てどれだけ恵まれていても、どれだけ人の輪の中にいるように見えても、
当人は毎日退屈な日々を送っている、と思っているかもしれません。

 

「こんなつまらない人生ない!」「もっと幸せになりたい…」と思いながら、
高級車を乗り回したりパーティーでどんちゃん騒ぎをしている可能性もない、
とは言い切れませんよね。

 

 

一方で、いくら周りから不幸に見えても当人は毎日が「幸せ」だと思っている
場合も、決して珍しくはありません。

 

「○○があるから、幸せ」「●●がないから、不幸」なのではなく、
その人の考え方や価値観で、今が幸せか不幸かなど見る間に変わってしまう。
これは、まぎれもない事実です。

 

でなければ、お金持ちは全員が幸せですし貧乏だと全員が、不幸…
という極端な結果になっていない現代に、説明がつきませんよね。

考え方次第で、誰でも今すぐ幸福になることができる

日によって、気分が良い時や悪い時というのは誰にでもあります。
気分が良い日には「何をやっても楽しいと感じる」。あなたにもありますよね。

 

気分が良いので、自分や他人の少々の失敗も「まあいいか」と笑って許せるし
食べ物一つ取っても、「これ、おいしいなあ」と味わって食べることができる。

 

 

細かなことで言えば、「食事ができる幸せ」を噛み締めたりもっと言えば
「今日も健康で、生きていられる幸せ」を感じられる余裕すらあるし、
気分の悪い時には目に付きがちな「嫌なこと」も気にならない。

 

違うのは自分の「気分が良いか、悪いか」ただそれだけなのに、そのせいで
世界が一転したように変わって見える。
無条件に幸せを噛みしめて、もっと浸っていたいとすら思う。

 

 

しかし、これがあなたの「気分が悪い日」にはどうでしょうか?

 

雨が降っていれば、それだけで「じめじめして、嫌だなあ…」と思う。
気分の良い日は、雨なんて気にもならなかったのに「気分が悪い」ただ
それだけで、雨音一つ気になって「早く止まないかな」とイライラしてくる。

 

気分の良い時にはあれだけ噛み締めていた幸せも今やどこかへ吹き飛び、
あの時は「おいしいなあ」と思って食べていた物も、気分が変われば
「こんなの、どこがおいしかったんだろう」とその時の自分に嫌悪すら感じる…。

 

 

 

青いあじさい

 

 

 

このように、人は気分や考え方次第でいつでも、不幸にも幸せにもなれます

 

私たちは人間ですから、悟りを開いた神様のように「いつでも気分良く、
大らかな心で」いることなど、まずできないですよね?
むしろ、個性があって性格があり、気分の良い日悪い日があるからこそ、
人間らしいし「気分の良い日」に幸せを噛み締めることができるのだと思います。

 

 

生まれた時から「気分が良い」状態しか味わったことがないと、そもそも
それが「当たり前」なので、「気分が良い」自分を「良好だ、幸せだ」などと
思いもしないとは思いませんか?

 

気分の良し悪しがあるからこそ、「悪い時」を知っているからこそ、私たちは
気分の良い時にはその「良好な状態」を目いっぱい噛みしめられるのですね。

 

 

つまり、そもそも「気分が悪い」からと言って「ダメだ」と自分の状態を
「悪いこと」として判断したり、不幸だから「幸せにならなきゃ…」と
無理して思い込まなくてもいい、と言うことです。

 

一度物事に善悪の判断を下すと、どうしても「悪」だと判断した時には
「やっぱり自分は、ダメな奴だ…」と自分のことを責めてしまいがちですよね。
→善悪の判断を下す人ほど、生きるのがつらいと感じやすい

 

 

せっかく幸せになりたい、自分の力で自立して明るい未来を作っていきたいと
思い前向きに進む決心をしたのに、
些細な「不幸」や「気分の悪さ」に足止めされてしまうなど、
あなたにとって実に不本意なのではないでしょうか?

 

例え、今現在が不幸だとしても、未来にもそうだとは限りません

 

 

あなたが今から「幸せになりたい」と思い、実際に「幸せになるには、
どうすればいいか?」を考えて行動に移していくことさえできれば、もう
「不幸でいる理由」もその必要もなくなります。

 

「不幸でいたいから」と、自分がいつまでも「不幸であること」を選ぶ人は
一人もいません。
今不幸であることを結果的に選んでいる人は、恐らく「幸せになる方法」を
見つける勇気がまだ、持てていないだけなのだと思います。

 

 

「幸せになる方法」を探す勇気が持てないからこそ、今不幸だったとしても
その一種の「安定」にしがみついてしまう。
つまり、言い換えれば「変わるのが怖い」と思っている、ということですね。

 

「幸せになる」には、必ず何かしらの「行動をする必要」が出てきます。
その行動を起こし、「不安定な未来」の中に踏み出すのが怖いからこそ、
「不幸でもいいや」と無意識にも現在の安定にしがみつく。

 

 

それが、現在「不幸を選ぶ人」の最大の理由であると、私は思っています。
それを変えるために勇気を持ち、実際に行動できた人だけが
幸せを自ら手に入れることができるのだ、とも思っています。

 

行動する怖さも、見えない道へと踏み出す漠然とした恐怖も、私も何度も
経験してきたので、よくわかっています。

 

 

ですが、その恐怖を乗り越えないことには決してあなたの望む未来
「働かないで生きる、自由な未来」へは、たどり着くことはできません。

 

見えない未来、変わってしまうかもしれない現状に恐怖から足踏みし、
結局年老いて気力体力が無くなった頃「あの時やっておけば」と後悔するのか。
それとも、未知の恐怖を振り切って「行動する」ことを選び、
現状を見たこともないような素晴らしい「理想」に変えていくのか。

 

 

選ぶ権利は全て、あなたにあります。
ここまで読んでくださったということは、もう既にあなたの中で
行動を起こす覚悟は決まっているのだと思います。

 

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