自分の価値を高めるため、傲慢な人にならないために

あなたは、知っていますか?
自分の非を認められる、素直に謝ることのできる人こそがどんどん、成長する人
となれる事実を。

 

 

自分で自分の価値を下げないで、意識してより高めていくために。
そして、謙虚で人の気持ちのわかる人間になり、アフィリエイトでも最短で
成功するために。

 

最後まで目を通すだけでも、成長と成功に繋がるのでぜひご覧になってみて
くださいね。

 

 

・自分の価値を決めるのは、他人ではなく自分?

・相手を尊重する意識が感謝の気持ちに拍車を掛ける
・素直に謝る人になるために、他人を観察する意識

自分の価値を決めるのは、他人ではなく自分?

自分に対する他人の評価を気にして、周りから自信を固める人がいます。
「自分が他人の目にどう映るか?」ということばかり気にして、
自分の持っているものやステータスを高めることに心血を注ぐ。
→自分に自信をつけるには、自分を満たす意識が重要
→幸せになるには「まず○○に気づく」

 

 

人それぞれ、考え方や価値観も異なり「正しい」と思った行動、生き方も
一人一人違うので、当然その人の人生はその人のものですよね。
私などがとやかくケチをつける権利も資格もありませんし、決してそのつもりも
ありません。

 

しかし、一つだけ言えるのは「自分の価値を他人に決めてもらう」生き方は、
どうしても「自分で自分を不幸にする」生き方となってしまう、ということ。

 

 

上記の記事でも言っていますが、「自分の持っているもの」で価値を決めて
しまうと、ありのままの自分、何もない状態の自分に対する自信が
おろそかになってしまいます。

 

つまり、肩書きや家柄、収入など「自分ではない」言わば自分についてきた
「おまけ」のようなものを基準に自分の価値を決めてしまえば、
その全てが無くなった時の自分には「価値がない」と判断してしまう。

 

 

そして、自分で自分の価値を決めずに「持っているもの」によって、他人に
価値判断を委ねてしまうと、例えば「あなた」の価値は「あなた自身」では
なくなってしまいます。
一体、どういうことだと思われるでしょうか?

 

 

 

指輪

 

 

 

要するに、例えばあなたの持っている「お金」に価値があると、他人に判断
された場合。当然、他人はあなた「自身」ではなく、あなたの付属物でしかない
「お金」のほうに重きを置きます。

 

そのように判断されてしまえば、他人にとっての「あなた」の価値は「あなた
自身」ではなく「お金」、ということになりますよね。
つまり、お金が無くなればあなたに「価値はない」…と他人は判断している。

 

 

こうなってしまうと、やはり「自信」と同じで一向に安定しません。
なぜなら、仮にあなたにお金が無くなれば他人にとって「価値のあったあなた」
から瞬く間に「価値のないあなた」になってしまうからです。

 

あくまで例えですが、決してお金や肩書きなどがあなたの価値を決めるのでは
ありません。
ブログなら、「あなたにしかできない考え方」「あなたにしか書けない記事」
それら一つ一つが、全て価値を持ったものとなります。
→「アフィリエイトは稼げない」は嘘。今からでも稼げる理由
→ブログのアクセスが増えない、ブログが続かない時に悩みがちなこと

 

 

そして、他人ではなく「あなた自身」があなたに「価値がある」と判断する
からこそ、実際にあなたのブログやコンテンツに価値は生まれます。
他でもない、作り手であるあなた自身がご自分や創作物に「価値がない」と
判断してしまえば、当然「価値のない(と思っている)ものに真正面から向き合う」
ことなどできないので、ブログや記事自体の価値も死んでしまいます。

 

それに、第一あなたはご自分が「価値がない」と思っているものを、人に対して
公開するような失礼な真似をしたいと思うでしょうか?
熱心なあなたですから、「自分の認めたもの、いいと思ったものを自信を持って」
人にも提供したいと、そのように思うのではないでしょうか。

相手を尊重する意識が感謝の気持ちに拍車を掛ける

まず、冒頭の話に戻りましょう。
人に対して「素直に自分の非を認め、謝れる人」こそが、どんどん成功する人
になれる、という話でしたね。
そして、自分で自分の価値を高めるため、傲慢にならずいつでも謙虚に成長する
ため、今何をするのが最善か?という話です。

 

人に対して素直に謝れる人が、どんどん成長する。
これは言い換えれば、「素直に謝れない、自分の非を認められない人」は
一向に成長できない、ということになります。

 

その理由がなんであるか、あなたはご存じでしょうか?

 

 

自分の非を認められない、素直に謝れない…ということは単刀直入に言えば
「現実に起こったことを認められていない」ということです。
つまり、「自分に落ち度があることを認められず、受け入れられない」。
だからこそ、人に対しても素直に頭を下げることができない。

 

自分に落ち度があることがわかっているのに、素直に謝れない人を見て、
果たしてあなたはどのように思うでしょうか?

 

「意地張ってないで、頭下げたほうが誠実でよっぽど清々しいのに…」

 

このように思うのではないでしょうか。

 

 

人が成長する時というのは、素直に「ありのままの現実を受け入れられた時」
です。そして、受け入れるにはまず「認める」ことが最重要となります。
なぜなら、まず物事が起こった、ということを「認める」ことができなければ、
認知していなければ存在しないものを「受け入れようがないから」ですね。
→自分の嫌いなところを受け入れると穏やかになれる

 

 

 

夕焼け

 

 

 

ここまでで恐らく、物事を学ぶ意欲の高いあなたならお気づきかもしれませんが、
受け入れられないことには、成長することはありません。

 

なぜか?それはやはり、自分の中で一旦受け入れて消化しないことには、
「起こった物事と向き合わない」つまり目を逸らし続けることになるので、
真正面から向き合わない限りは「どう改善していいのか?」という意識が一向に
芽生えないためです。

 

 

改善の意識がないものは、どうにもなりませんよね。
目を逸らしてそっぽを向き続けても、自分の欠点に変化など訪れません。

 

人に素直に謝れる、ということは意識が「自分の中」だけに留まらず、相手に
対して「誠意を持って対応している」ことでもあります。

 

 

自分のミスを取り繕うことに必死になっていれば、相手に対して「誠実に対応
する」意識などそこには一つもありません。後始末のことばかり考えています。

 

しかし、自分の非を素直に認め相手に心底「申し訳なかった」という思いを
伝えるため頭を下げる、その行動は確かに「相手の気持ちを思いやるもの」と
言えます。少なくとも、「自分のことしか考えていない」状態ではありません。

 

 

つまり、相手に対して素直に頭を下げるその行為は、言い換えれば
「相手を尊重する」意識を持った行為であると、そのように言えます。

 

素直に頭を下げている時に、傲慢な気持ちにはなりません。
「申し訳ない」と自分の失態を恥じているのですから、謙虚にもなりますよね。
そして、謙虚になれば感謝の気持ちが芽生えるのもうなずけます。
→感謝の気持ちを伝えるほど、思いやりの心が育つ

 

 

自分のことから人のことに目を向けているので、考え方が「自分本位」に
ならないのは、むしろ当然のことですよね。

素直に謝る人になるために、他人を観察する意識

素直に謝る謙虚な意識が、あなたや私の成長に繋がる事実、おわかり
いただけたでしょうか。

 

…とはいっても、やはり「自分の非を素直に認めて、謝る」ことは口で言うより
なかなか難しい事実、私もよく理解しています。
ついつい、謝っても言い訳したくもなりますし、特に「相手にも非があるのに…」
なんて一度思えば素直に頭を下げるのには抵抗が出てきますよね。
→弱い自分も今の自分も認めることが成長に繋がる

 

 

そんな時は、やはり「自分を客観視する」ことが非常に有効になります。
つまり、「素直に謝る、自分の非を認める」という誠実さを手に入れるために
あるいは磨きを掛けるために、あなたや私がますます成長していくために。

 

自分を客観視する、とは一言で言えば「第三者目線で、自分のことを見る」
ことでしたね。
→自分を客観視する癖をつけるとネガティブからポジティブになれる

 

 

客観視、といっても慣れないうちはやはり意外と難しいですし、自分の思考の
泥沼にはまってしまっている時なんかは、なかなか自分を客観的には
見られないものです。

 

わかっているだけにつらいですが、そんな時にはまず「他人を観察する」意識が
重要となってきます。
一体、どういうことでしょうか?

 

 

つまり、この場合は「反面教師」の意識を持つ、ということですね。
「ああはなりたくないな、嫌だな…」と思う人から、自分の行動を振り返る。
「人の振り見て我が振り直せ」とも言いますね。

 

他人の「いいところ」を積極的に観察し、盗む意識が成長に繋がる一方で、
(→魅力的な人間になるために。尊敬する人物の「いいところ」を意識する)
(→否定的になるのは嫌なところを意識するから?いいところ探しをしてみる)
「嫌だな」と思うところを見て「自分は、同じようになっていないか?」と
行動や意識を振り返る材料にもできます。

 

 

 

注意

 

 

 

つまり、自分の行動を見直して「いい」と思ったところは積極的に取り入れ、
「嫌だ」と思ったところは真似しないで、改めて自分の価値を
「内側から高める」。

 

 

考えてもみてください。
素直に謝らず、自分の非を認めず適当にごまかす政治家。
言い訳ばかりで、自分と一つも向き合おうとしない、あなたの嫌いなあの人。

 

客観的に見てみても、とても「カッコ悪い」とは思いませんか?
素直に謝れない、プライドが邪魔して人に頭を下げられない。客観視すれば、
それは「カッコ悪い」としか形容しようがありません。

 

 

プライドや意識が邪魔して、他ならない自分で「カッコ悪い自分」を、他人に
見せている。考えただけで顔を覆いたくなりそうです。

 

何も、「カッコ悪いあの人の行動をおとしめろ」だとか「見下せ」などと、
程度の低いくだらないことを言っているわけではありません。
ただ、「自分も他人も、客観視して「嫌だ」と思ったところは見直してみる」
意識が成長に繋がると、そのようにお話ししています。

 

 

心優しい、思慮深いあなたですから間違っても他人を見下す…などという浅はかな
意識を持つ心配など、必要なかったかもしれませんね。

 

私たちは、誰しも昨日より今日、今日より明日…と歳を重ねて生きています。
あくる日歳を取った時、決して「頑固で、聞き分けのない傲慢な老人」などには
なりたくないですよね。
人に優しく、自分に優しくあらゆる人を尊重できる大らかな人間になりたい。
きっと、そのように思われるのではないでしょうか。

 

 

そして、誰しも同じように歳を取るからこそ、今が行動する最大のチャンス。
なぜなら、「人生で一番若いのは今」だからですね。
→「慢心すること」が成功への大きな妨げになる

 

 

時には自分が成長するために他人の意見に耳を傾ける。
そして、実際に行動に移す。
柔軟性を高めてより、最短で成功し自由になるためにも大切な意識であると、
そのように思います。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。