自分の嫌いなところや欠点は治すもの?

あなたは、自分のダメなところや欠点を、
人に指摘されて素直に受け入れられますか?

 

 

相手の言い方にもよるかもしれないし、
もしかすると、
なかなか素直になれない部分もあるかもしれませんね。

 

 

私も、少し前まで「欠点を指摘される」それだけで、
自信がなくなって「自分なんてダメだ…」
と思っていたものです。

 

 

しかし、冷静になって考えてみると「自分のダメなところで、
価値が決まるわけではない」ということにも気づけました。

 

 

一体、どういうことだかあなたはお分かりですか?

 

 

・自分の生き方を見つけると、勝手に自信がつく

・自信をなくすことが飛躍的に減った?
・自分の価値は、ダメなところや嫌いなところで決まらない

自分の生き方を見つけると、勝手に自信がつく

日々、アフィリエイトを継続することで得られたことが多くありました。

 

 

一つの物事を続ける精神力を鍛えられた。
メリハリをつけて、けじめをつけて取り組めるようになった。

 

充実感を、自分で味わえる工夫ができるようになった。

 

 

…など、様々なものがありますが、
中でも一つ共通することがあります。

 

それは、「自分に、大きく自信がついたこと」でした。

 

 

正直、アフィリエイトを始める前や始めた当初は、
これほどまでにたくさんのものを得られるとは、
思ってはいませんでした。

 

 

ただ、自分の信念に従って「働きたくない」と思ったから。

 

だからこそ、「働かずに自由に暮らせる未来」を手に入れようと、
決意した。
その強い想いのもと、私は今もアフィリエイトを続けられています。

 

 

たった一つの「想い」が、
私の人生を変えるレベルの大きな活力となってくれた。

 

そのことに気づけたのは、「続ける」ことがきっかけでした。

 

一度、始めてもものの1〜3ヶ月ほどで諦めてしまえば、
決して見えないメリット。

 

 

考えてもみてください。

 

長く続けたからこそ、より強靭な精神力が鍛えられます。

 

長く続けたからこそ、その成果が次第に見えるようになり、
結果充実感が得られるようにもなります。

 

 

アフィリエイトに限らず、
一つのことに「本気で取り組む」からこそ。

 

その物事を長く行える情熱や意欲が、
私たちの生活にハリを与えてもくれます。

 

 

そして、
長く続けて「自分で手に入れた成果」が見えるようになるからこそ。
勝手に、次第に自分に対しての自信もつくんですね。

 

 

長く続けて、精神力は鍛えられメリハリはつき、
充実感をこれでもかと味わえ。

 

更に、自分に自信もつくのですから、
諦めてやめてしまうなどもったいなさすぎる…と、
いつからか思うようにもなりました。

自信をなくすことが飛躍的に減った?

そして、
自信がつくのと同時に「自信をなくすこと」が随分と減りました。

 

 

その理由の一つとして、やはり「自分に自信がついたこと」がある。
つまり、こうです。

 

 

アフィリエイトによって、
「揺らがない、内側からの自信」が形成された。

 

続けられることで、「自分にもできる」と自信がつく。

 

日々、コツコツ継続する自分を体感すると、
自然と身になり誇りにもなる。

 

頑張れる自分を実感し、好きにもなれる。

 

 

その結果、「自分を好きになる」ことで自然と自分に、
揺らがない自信がつく。

 

考えてもみてください。

 

 

自分を好きになる理由は、「ほしい未来に向かって、
自分の力で前進している自分」を実感でき、
充実感が得られるからですね。

 

 

何もしないことをずっと選んでも、
自分に「力がつく」ことを実感できません。

 

なぜなら、
「能力が伸びない、頑張らない道」を自分で選んでいるため。
達成感や充実感が得られず、変化や刺激が全くないからですね。

 

 

ですが、自分で自分を高める努力をする…ただそれだけで、
自然と達成感、
充実感を得て変化に繋がり、自信がつきます。

 

 

自分に自信がついていくことを実感しながらに、
「ああ、自分ってダメだな…」と思う人はいません。

 

 

自分を高める行動をし、
前進しているのに「私、頑張ってる。ダメだな…」
なんて思う不思議な人が、どこにいるでしょうか。

 

 

つまり、「自信をつける=自信をなくすことが減る」
とも言い換えられます。

 

一つの物事に向き合い、
一点集中するだけで得られるシンプルな法則です。

自分の価値は、ダメなところや嫌いなところで決まらない

さて、ここで冒頭の話に戻りたいと思います。

 

「人に、欠点を指摘された時」…かつてなら、
自信を無くしていた…という話でした。

 

 

そして、同時に「自分のダメなところで価値が決まるわけではない」
とも言いましたね。

 

 

つまり、これらが一体どういうことだか。
あなたはお分かりでしょうか?

 

 

今までなら、欠点を人に指摘されてもその欠点と向き合わず、
「指摘されたこと」ばかりに気を取られていました。

 

 

というのも、「欠点」と「自分の価値」
とを切り離して考えられなかったからです。

 

 

要するに、「欠点を指摘されることで、
自分の価値が下がると思っていた」。

 

また、「欠点を指摘される自分は、
ダメなやつ」だと自分で思っていた。

 

 

しかし、これらは明らかな間違いだと気づくことができました。
少し、考えてもみてください。

 

 

確かに、人の欠点を指摘しながらなぜか「人間性」
まで攻撃する人はいます。

 

「おい、○○が間違っていたよ。だからお前はグズなんだよ」
「あなた、これは正しくないわ。
ぼーっとしてないで、もっとしっかりしなくちゃね」

 

…というように。

 

 

あなたも、こういう風に人から欠点+人間性の攻撃を受けたこと。
あるのではないでしょうか。

 

 

むしろ、こういう風に何かにつけて「指摘」
と同じに人間性まで攻撃する人が意外といるからこそ、
これまであなたもそんな心ない言葉に傷つき。

 

そして、
「自分って、ダメなやつなんだ…」と心痛めてきたのかもしれませんね。

 

 

ですが、冷静になって考えてみれば「指摘された欠点」と「人間性」
は全くの別物です。

 

 

一つの物事が間違っていたからと、
グズだということの証明にはならない。

 

他で、できていることもある。

 

それに、一つ間違っていたことをこれみよがしに責め立てて、
なじる人のほうがよほど人間性に問題がある…と、
私は今はそう思っています。

 

 

なぜなら、「人の間違いを認める、寛大な心」がそこにはないからです。

 

「まあいいか」で広い心を持って認めてくださる人がいる一方。

 

一つのことに目くじらを立て、「許せない!」となじるその考え方のほうが、
よほど歪んだものの見方をしている。

 

そのように思いませんか?

 

 

 

丸ガム

 

 

 

例え、
一つ間違ったからとその人自身が「ダメ」だということにはならない。

 

「間違った部分もあるけど、それは今度から気をつければいい。」

 

と、気持ちを切り替えるほうが「ダメな自分」
と決めつけて落ち込むよりも、よほど建設的です。

 

 

それに気づいたからこそ、今の私は「間違いを指摘されても、
素直に認められるようになった」し、
「間違えた」そのことに囚われることもなくなった。

 

 

そして、「次から気をつけよう」と意識を持って、
自分の欠点を受け入れることに成功するようになりました。

 

 

例え、間違えたからと「間違い」そのものを取り消すことはできません。

 

同じように、
間違えた自分をいくら責めたところで、何も得られませんね。

 

 

だからこそ、間違いや欠点、改善点に必要以上に囚われず、
向き合って受け入れるからこそ。

 

その行動と意識が、「次」にも活かせるのだと思います。

 

 

仮に、間違いや欠点を人に指摘された際。

 

なぜか「人間性まで」関連させて、
攻撃されたとしても聞き流すのが、最善。

 

 

人を、故意におとしめる人の言うことを真に受ける必要はありません。

 

心が優しく、
人の気持ちがわかるからこそ傷つきやすいのかもしれません。

 

ですが、それでも「何でもかんでも」まともに受け取ると、
他ならない心優しいあなたが不当に傷つくだけです。

 

 

正当な欠点の指摘は、素直に受け入れ。
そして、人間性の侮辱は流す。

 

自分の欠点やダメなところは、治すよりまず「今はこうなんだ」と受け入れると、
自然と冷静に「では、どこをどうすればいいか?」と改善点を探せます。

 

 

自分のミスは素直に反省し、
受け入れて前向きに改善するためにも。

 

そして、向上心を持って少しずつ前進していくためにも。

 

 

今の自分の生き方に自信を持って、
着々と自由な未来に近づきたいですね。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。