自分を責める人の心理。攻撃されるほうが悪い?

何もしていないのに、やたらと突っかかってくる人。
なぜか自分にだけ攻撃的で、傍に寄るのも疲れるような人。

 

あなたにも、「なぜか攻撃される」という経験が、過去にあったでしょうか。
理不尽にも、一方的に不当に扱われるとわけがわからないし、「なんで?」と
悲しくもなりますよね。
ふつふつと、心ない人の言動に怒りがわいてくることもあります。

 

 

そんな時、マイナス感情に支配されるよりも有益なこと。
なるべく、距離を置いて「嫌な人のことは考えない」ストレスを溜めない方法。

 

ぜひ、最後まで読んで成功を早めてくださいね。

 

 

・あなたの身近にいませんか?「攻撃してくる人」

・自分に自信がないからこそ、自分を責めてしまう
・欠点は見方を変えれば個性にもなる?

あなたの身近にいませんか?「攻撃してくる人」

世の中には、たくさんの人間がいて一人一人違う考え方を持っています。
だからこそ当然、あなたや私と違った価値観のもと、理解できないような行動を
平気で取る人もいますよね。

 

例えば、それが「なぜか突っかかってばかりくる人」「攻撃してくる人」。
こちらは特に何かした覚えなどないのに、何が気に入らないのかやたらと
攻撃的に、突っかかってきては強い言葉を投げかける。
一人で勝手に、こちらを敵視しては心ない言葉ばかり浴びせる、器の小さい人。

 

 

いきなり攻撃されれば、思い当たることもないだけに「何?」と思いますし、
その横暴な振る舞いに「意味がわからない」とも思いますよね。
そもそも、例え攻撃されるに「思い当たること」があったとしても、だからと
いって「攻撃していい」理由にはなりません。

 

 

横暴な振る舞いをする彼らは、自分で自分の心の狭さ、醜さを周りに知らしめて
いるのだ、と私はそんな風に思っています。
なぜなら、そもそも「攻撃する」のは何かしら相手のことが「許せない」から。

 

何が、かは知りませんがとにかく「許せない」から、攻撃して相手を
おとしめたい。自分が優位に立ちたい、相手よりも上だと認められたい。

 

つまり、一言で言えばそういう人たちは「自分の地位を、相手の価値を下げる
ことによって、上げたい」のだと思います。
だからこそ、言葉や行動によって相手をおとしめることで、価値を下げている…
と、思い込んでいる。

 

 

 

ひかり

 

 

 

しかし、実際にその人が「価値を下げている」のは、攻撃相手ではなく
「自分自身」です。
考えてもみてください。

 

自分一人で何か突然わめき散らし、気に入らない相手と見れば突っかかって、
心ない言葉をかける。「気に入らないから、意地悪する」など、もはや
小さな子供でも呆れるレベルの幼稚さです。
これが、「自分で自分の価値を下げている」以外のなんと言えるでしょうか?

 

 

それでも、当人は恐らく「攻撃したこと」で「はっきり言ってやった!」と
むしろ正義感すら振りかざしているのかもしれません。
しかし、実際には周りがその人を見る目は、被害者含め「何、あの自己中な人」
です。
…なんとも、痛々しいとしか言いようがありません。

 

 

要するに、「何かと突っかかってくる人」「攻撃してくる人」は、相手を
上から抑え込んで、「大人しくさせる」ことで自分が優位に立った、と
勘違いしている。
だからこそ、「理不尽な攻撃」を受けてしまった時でも、ショックを受けるのは
わかりますが、あなたが動じる必要など、ありませんでした。

自分に自信がないからこそ、自分を責めてしまう

なぜなら、攻撃してくるのは全て「攻撃する側」の問題であり、「攻撃される側」
には問題など一つも無かったからです。

 

つまり、早い話が「攻撃されたからといって、攻撃される私が悪い」わけでは
ない、ということですね。
一体、どういうことだかあなたはお分かりですか?

 

 

私たちは、ついつい自分が攻撃された時、何かきつい事を言われた時には
「こんな事を言われる、自分が悪いんだ」と自分自身を責めてしまいがち。
攻撃されるのは、「言い返さない、弱い奴」だと思われているせい。
きつい事を言われるのは、「この人なら、言い負かせる」と思われているせい。

 

確かに、「攻撃する側」も知恵がありますから、何でもかんでも片っ端から
攻撃する…というようなことはしませんね。(中には、そういう人もいますが)
「思わぬ反撃」を受けないよう、慎重に相手を選んで攻撃する…という、
なんとも卑怯な手を使う人が大勢います。

 

 

そもそもの話、何もしていないのに「攻撃される」こと事態が、どう考えても
わけのわからない話です。

 

例えば、仮に「攻撃される」理由があった場合。
それにしても、「理不尽に殴られたから、やり返した」などの場合は別にしても
「理由」があるからと、攻撃していいことにはなりません。

 

「なんかムカつくから、攻撃した」「嫌いだから、攻撃した」。
こんな理由とも言えない理由は、まさに幼稚で人間性が育っていない証拠ですし、
理不尽な理由でいちいち攻撃していても、恨みこそ買えど何も得られません。

 

 

 

ほのお

 

 

 

つまり、他人を攻撃ばかりしてくる厄介な人は、自分から「争いの種」と「負の
空気」はもたらすものの、「マイナスだけで何も生産性がない」と言えます。

 

考えてもみてください。
そんな、人を攻撃してばかりの「生産性のない人」に、他ならない人の気持ちの
わかる、心優しいあなたが傷つくなど理不尽極まりない、と思いませんか?

 

 

むしろ、相手は「傷つける」ことが目的だとしたらまさに「思う壺」です。
そんな心ない人のために、無駄に時間を取られているヒマなどありませんし、
つまらない人のことを考えるよりも、やるべきことが私たちにはたくさん
ありますよね。
→行動できない人は自らチャンスを逃している人

 

自分に自信がない。例えば、コンプレックスに思っているところを心ない人に
理不尽にも攻撃されると、自分で「コンプレックスだ」とわかっているだけに、
自分で自分を責めてしまいますよね。

 

 

「ああ、やっぱり私のこういうところが、相手を苛つかせるんだ」
「はっきりしないから、また怒鳴られてしまった…」

 

 

…というふうに、「攻撃されるのは、自分に原因がある」と解釈してつい、
自分を責めてしまう。私も経験があるので、よくわかります。
心優しいからこそ。そして、人一倍自分のコンプレックスを自覚しており、
「何とかしたい」と前向きな改善の意識を持っているからこそ、かえって
責めてしまうのだと思います。

 

 

しかし、少し考えてもみてください。
星の数ほどいる人間の中で、あなたを「攻撃的に、責めてくる人」はその人
一人、または多くても数人だけ。
だとしたら、果たして本当に「責められるあなたが悪い」のでしょうか。

 

むしろ、個人の個性を勝手に「悪」だと判断して、気に食わないからと
執拗に責めてくる、その人の「考え方」が相当歪んでいる…とは思いませんか?
→善悪の判断を下す人ほど、生きるのがつらいと感じやすい

欠点は見方を変えれば個性にもなる?

あなたが、欠点だと思い込んでいるご自分のコンプレックス。
果たして本当に、欠点なのでしょうか?

 

 

例えば、同じ物事でも「いい」と感じる人がいる一方「悪い」と感じる人も
います。
同じ作品を見ても、一方は「素晴らしい」と言いもう一方は「最悪だ」と言う。
性格一つ取っても、「好ましい」と思う一方「嫌い」と思うこともありますね。

 

気の強い人が好きな方もいれば、寡黙な人を好む方もいる。
それは、決して「どちらがいい、悪い」という問題ではなく「個人の考え方」に
よるものですよね。

 

 

つまり、例えばあなたや私が「欠点」だと思っていて、今まで指摘されてきた
コンプレックスも、見方を変えれば欠点ではなくなる可能性がある。

 

確かに、この国には「多数派こそ正義」のような風潮がありますが、決して
それは正しいとは私はどうしても思えません。
なぜなら、「多数派が正しい」という根拠がないから。ただ、「大勢に従って
いれば、間違いないだろう」と無根拠に信じる人が、あまりにも多い…という
だけの話です。

 

 

つまり、「とりあえず『みんな』に従っておけば、間違いないだろう」と
自分の頭で考えることをせず、流されるように「多数派こそ正義」という
風潮だけが、先に一人歩きしている。
今の世の中、「働くこと」を筆頭に成り立っている国や社会の策略です。
→「もう仕事したくない」と思ったから働くのをやめた話

 

 

むしろ、大勢に流されず「自分の頭で考え、しっかり意見を持って」はっきりと
主張できるほうが、少数派でもよほど個性があり「自分がある」とは
思いませんか?

 

 

「大勢が『おかしい』と言うから、あの人はおかしいのだろう。」
「大勢が『働いている』から、私もとりあえず従っておくべきなのだろう。」

 

 

このような考え方で、個性が育つはずもないし「自分の頭で考えて、しっかり
自分を持つ」ことができるはずもありません。

 

 

 

あたま

 

 

 

コンプレックスにしても、例え相手が「嫌い」だと言ってもあなた自身が、
「大切な自分の個性」だと意識を変えることで、たった今からそれは確かに
「大切な個性」になります。
人の意見に左右され、あっちへフラフラこっちへフラフラと流されてばかりだと
個性が死に、国や社会にうまく利用されるばかりです。
→引きこもり、ニートになったことのメリット

 

 

一方で、自分の欠点を「欠点」と決めつけず、大事な「個性」だと思えば
ただそれだけで、気持ちも軽くなります。

 

例え、大勢が「悪」だと偏見により判断したとしても、あなた自身が決して
「悪ではない」と判断したなら。「自分の意見をしっかり持っている」ので、
自信もつきブレることが無くなるでしょう。

 

それに、例えあなたの「個性」が気に入らない、と理不尽に攻撃してくる
相手がいたとしても、そんな歪んだものの考え方をする人をいちいち
相手にすることなど、ありません。

 

 

相手の土俵に乗れば、相手の思う壺。あなたが傷つき、心を痛めるだけですが
一方で、笑って受け流していれば相手も、やがて興味を無くして離れていきます。
なぜなら、「相手してくれない人」に何かしても、手応えがなくつまらないから
ですね。ネット上の、「荒らし」と同じです。

 

時には、攻撃されて傷つくこともあるかもしれません。
理不尽に、心ない言葉を浴びせられればショックを受けますし、「なんで私が」
と、やり返したい悔しい気持ちにもなりますよね。

 

 

ですが、こうは考えられませんか?
理不尽な目に遭ったからこそ、不当にたくさん傷つけられてきたからこそ。
「人の痛み」に敏感になるし、より人の心に寄り添えるようにもなる。

 

傷をたくさん受けたからこそ、確かにその心の傷は消えないかもしれないけど、
それでも優しい心を持って、今度は「人を癒す」助けができるかもしれない。
傷つけられたからこそ、人の痛みがわかるようになる。
たくさん悔しい思いをしたからこそ、より精神力が鍛えられる。

 

だったら、決して「嫌なことばかり」ではないと、そのようには思いませんか。

 

 

当然、傷つけられた痛みや悲しみをバネにして、アフィリエイトでも人の心に
寄り添う、温かい文章を書くために活かせます。
どうせ生きていくのなら、相手から受けた「負のエネルギー」すらも、全て
「正のエネルギー」に変えて、自分の中に取り込んでしまいましょう。

 

それが、結果的に「攻撃してくる、嫌な人」を見返すことにも繋がる。
なぜなら、相手は「あなたに嫌な思いをさせたくて」攻撃してきたからです。
嫌な思いを振り切り、「成長の糧」として取り込まれれば、これ以上に
悔しいことはない。そう思いませんか?

 

 

人の痛みがわかる、心優しいあなただからこそ。今この記事を最後まで読んで
いただけるのだと思うし、そんなあなただからこそぐんぐん高みを目指して
成長していけること。ご自分で、証明されているのをお分かりでしょうか。

 

一緒に、「嫌なこと」も「いいこと」に変えて、今を楽しく果てなく
成長し、成功を手に入れてしまいましょう。

 

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