自由に生きたいあなたへ。働かないで稼ぐために

自由に生きたい、
気ままに何も気にせずお金の不安を捨てて生きられるようになったら。

 

今までも、ずっとそんな風に漠然と思っていたものの、ただ「思う」だけで
かつては行動することのない私でした。

 

やはり、思うだけで願いが叶うはずもありません。「自由になりたい」と本気で
思うなら、行動して自分の人生の方向を変えていく努力も必要だと、
今の私は強くそんな風に思っています。
→「働きたくない」なら、本気で自由になれる方法を探す

 

 

常に全力で頑張る必要は、ありません。なぜなら、限界の見極めができないと、
途中で力尽きてやめてしまうから。

 

成功したいなら、そのための努力も必要。けど、常に全力でやる必要はない。
だったら、「少しの期間だけなら」本気で頑張れば、最短で成功できる。
それなら、あなたもやってみたいと思いませんか?

 

 

・一度きりの人生、どう生きたいのか?

・常に全力で頑張らなくても、少しの期間なら…
・自分の成長を楽しむのも、行動の醍醐味

一度きりの人生、どう生きたいのか?

今、冷静になって過去の自分を思い返してみると「必死で頑張ったこと」が
数少ないことに気づきました。

 

 

例えば、学生時代のテスト期間。期間中には、授業を早く切り上げて帰宅し、
勉強に励む生徒もたくさんいたことかと思います。
あなたも、もしかすると似たような経験がおありでしょうか。

 

私の場合、「テスト期間だ、期末試験だ」などと聞いても期間中の早めの帰宅は
正直「ラッキー」くらいにしか思っていませんでした。
「テスト?そんなもんは知らない。早く帰って遊べる、ラッキー!」
…こんな具合だったんですね。

 

 

もともと、恐らく当時は自覚していませんでしたが「学校嫌い」だったのもあり、
やれテスト、やれ授業だと言われても真面目に取り組んでいなかったような
気がします。

 

早い話が、テスト期間中に「真面目に学力を伸ばすため、勉強したこと」など
ありませんでしたし、授業の予習や復習どころか、下手すれば授業中も
真面目に聞いているのか怪しいような感じでした。

 

 

それでも、基本じっと授業を聞いている(ふり?)人間だったので、恐らく
「真面目」のレッテルを貼られるタイプだったとは思います。

 

要は、何が言いたいかというと「何にしても、基本『めんどくさい』が勝って
『本気で取り組む』ということを経験してこなかった」のですね。

 

 

なぜそうなったのかは、よく覚えていませんがもともと「頑張るのが嫌い」な
人間だったのかもしれません。
…と言っても、ほとんどの人が頑張ることなんて、嫌いではないかと思います。

 

必死で頑張って、目に見える成果がすぐに出れば意欲も上がりますが、
特にアフィリエイトなんかは「最初が一番の難関」ですから、この期間に
耐えられず、やがてやめてしまう気持ちもよくわかります。

 

必死になって頑張ったのですから、少しくらい認めてもらいたい、と思うのが
むしろ人情ですよね。

 

 

頑張るのは基本、めんどくさいし嫌い。
けど、今になって少しだけ気づいた部分がありました。

 

それは、「私は実は、『本気で頑張る』ことをしてみたいんじゃないだろうか?」
ということでした。

常に全力で頑張らなくても、少しの期間なら…

そのことに気づいたのには、当然きっかけがありました。
私は、趣味で曲作りをするのが好きで、(といっても、あくまで素人レベルですが)
日々ポツポツと好きな曲を真似しては、ツールで打ち込むことをしていました。

 

 

ネット上にも、MIDI作成ツールなどありそれを使用したこともありますし、
ただゲーム内に組み込まれたシステムを使って打ち込んだこともあります。
やったことがないとあまりピンとこないかもしれませんが、
要は「曲作りを、ゲームのツールで行っていた」わけです。
いわゆる「耳コピ」ですね。あなたも、聞いたことがあるでしょうか。

 

そして、その「自分で耳コピした曲を、投稿できるシステム」がありました。
とあるゲーム会社の社員に審査してもらい、通れば一つの楽曲として、
その会社の公式ページで公開してもらえる…というものです。

 

 

…と、こんな書き方をしても余計にややこしいですし、他にそういったシステムが
なかったので、恐らく知っている方はすぐに見当がつくと思います。
ので、名前を出すと「バンブラ」というゲームの話なのですが。

 

このバンブラ、要するに「自分で耳コピした曲を、審査してもらい採用されれば
そのまま曲の販売が開始される」という要素を持ったゲームでした。

 

当然、審査してくれるのは本社の言ってみればプロですから、私も気合いが
入りました。というか緊張もしました。

 

 

 

野外コンサート

 

 

 

自分で何度も曲を投稿しては、「NG」と突き返され、また修正しては突き返され…
ということを繰り返しながらも、やがて一曲、晴れて採用に至ったんです。
その時、正直思ったことが一つありました。

 

「あれ、もっときついと思ったのに意外とすんなり通ってしまった…?」
こんなことを書くと、調子に乗るなと批判が来そうですが…実際、この時の私は
調子に乗っていました。

 

 

「なんだ、意外と簡単かもしれない。もっとたくさん通してみよう」
そう思って、次の曲を投稿し始めましたが実は、ここからが本番なのでした。

 

それから、何ヶ月も毎日ポツポツデータを打ち込みながら、採用狙って投稿を
繰り返すものの…今度は「何度やっても、通らない」。
あるいは、審査員さんから暗に「調子に乗るなよ」と言われているのかも
しれない…などと疑心暗鬼になるくらいには、投稿→NG…を繰り返していました。

 

 

少しだけ積み上がった自信はモロモロと崩れ、見事に調子に乗っていた
鼻っ柱をへし折られてしまいました。
でも、いい薬だったと思います。ここでまた「即採用」なんてことになっていたら
恐らく、私はますます調子に乗っていたことでしょう。人間は単純です。

 

結局、システム自体が終了するくらいまで攻防は続きましたが、採用には
至りませんでした。

 

 

とても、疲れました。何せ、今まで全力で何かをしたことがなかったのです。
しかも、結果は「全力でやったのにNG止まり」。放心状態でした。
ですがその時、果てしない攻防に心身ともに疲れ果てた私が一旦冷静になって、
ふと思ったことがありました。

 

それは、「全力で頑張って自分の力を試すのって、意外と面白いかもしれない…」
ということ。
更に、当然必死でやっていたので耳がよくなった感覚も、痛いほど実感しました。
「全力でやって、更に能力が伸びるんなら結果なんか出なくても、
『過程を楽しむ』ことだってできるかもしれない…」

 

 

ここまで、私の過去の事例でした。お疲れさまでした。
さて、上記の言葉が一体どういうことか、あなたはお分かりでしょうか?

自分の成長を楽しむのも、行動の醍醐味

以後、一番に私が行ったことは「攻防」以前に自分が作った楽曲と、
「攻防」後に作った楽曲を聴き比べてみることでした。結果は、
鼻で笑えるほどに目に見えて(耳に聴こえて?)レベルアップしていました。

 

 

何も、自慢しようと思って過去の経験をあなたにお話ししているわけでは
ありません。
ただ、「必死で頑張った結果、自分の能力が桁違いに上がっていた」ことと、
その時に感じた充実感、満足感が「確実に経験として蓄積された」ことに
心打たれたので、これはお伝えするしかない…と思って、お話ししました。

 

テスト勉強を必死にやって、いい成績を残せると満足感が味わえる。
同じように、何にしても「必死でやったこと」は必ず経験となり、そして自分の
かけがえのない「財産」として、残り続けます。

 

 

私も、今度曲作りを行う時は以前よりもクオリティの高いものを作れるでしょうし
「一度鍛えた能力」は、以後何度でも活かすことができるんですね。
コピーライティングスキルにしても、一度鍛えれば以後、そこからいくつも
「人の心を動かす文章」を書ける、ということも下記の記事でお伝えしています。
→ブログ初心者がコピーライティングスキルを高めるコツ

 

一度本気で頑張ったことにより、確実に私の中に得られるものは多くありました。

 

 

技術もそうですが、「諦めずに取り組む」力も付きましたし、
(→自分の人生を諦めそうになった時、思い返したいこと)
「本気でやったことによる、達成感や充実感」を思う存分味わえました。

 

確かに、全力を尽くせば疲れますが「ずっと全力」でないのなら、せっかく
自分の人生だし、「一度くらい、自分が『頑張りたい』と思った期間くらいは
全力で頑張ってみるのも、いいかもしれない」と身に沁みて実感しました。

 

 

 

パーティー

 

 

 

頑張らなければ、疲れることはありません。
いつも能力を温存しておければ、安心感があるのは確かです。

 

しかし、「全力で、本気で取り組むからこそ伸びる能力」があります。
私も、実際に当時は全神経を集中させるくらい必死で取り組んで日々、
耳がよくなっていく自分に恐怖を抱いたことがありました。

 

 

人生で一度くらい、自分が頑張れる時くらい本気で取り組んでみて、
その過程を楽しめるなら。「成長していく自分」を楽しめるのなら。
例え結果が出なくても「成長過程を楽しむ」方向に意識が向いているので、
気になることもありません。

 

そして、不思議と「結果を気にしなくなった頃」結果が出たりもするんですよね。
上記の例も思い返せば、私も最初は「結果が出ること」ばかりを考えていましたが
一度、「成長できる自分」を実感すると、そちらのほうが心地よくなり途中から
結果がさほど気にならなくなった頃、ポンと採用されたような気がします。

 

 

必死でやりすぎると疲れるし、結果を気にしすぎてもしんどくなる。
けど、意識を変えて「自分の成長を楽しむ」ことに集中してみれば、自然と
結果なんて気にならなくなるし、同時に頑張れる楽しさも味わえる

 

疲れても、やりがいと「本気でやった」達成感、満足感が確実に残る。
「もっとやってみようかな?」という気持ちさえ、芽生えてくる。

 

 

当時の失敗経験を活かして、私は今アフィリエイトに取り組む時にも
「結果よりも、過程をなるべく大事にしよう」と意識しています。
この文章を読んでくださった読者さんが、どう思うか?
私は、この記事を通して何を伝えたいか。どうすれば、心を動かせるのか?

 

今は、そう考えて文章をつづる中でも、「日々成長できる自分」を味わう意識を
大切に、余裕を持って取り組めるようにもなりました。

 

 

成長する自分を楽しむ。人に対して、自分が「何ができるか?」を常に考える。
意識を「自分本位」から「人を想って」文章をつづる、と変えることで結果的に
自然と、「人を思いやれる文章」が書ける。

 

そして、その意識が結果的に、最短での成功に繋がるとそのように思います。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。