今日できることは今日やる。明日に備えすぎる必要はない

「明日のために、今日のうちにできる限り備えることこそ、安心していられる
唯一の方法。」

 

かつてはずっと、そんな風に思っていました。
しかし、今になって貯金を含め「見えない未来に、備えすぎる必要はない」と
意識を改めました。
→貯金が趣味。そんなに貯めてどうするの?

 

 

明日のことは、明日考えればいい。
そう思うようになった今、意識を変えることで毎日が随分楽になりました。

 

 

・備えあれば憂いなし。しかし、備えすぎは体に毒

・今を生きる人が最短で成功する人
・「楽するために苦労する」意識は必要ない

備えあれば憂いなし。しかし、備えすぎは体に毒

あなたは、後先のことを考えてあれこれと備えるタイプでしょうか?

 

 

私は、昔はずっと「先々のことを考えては、できるだけ困らないように」と
早いうちから備えておくタイプでした。

 

備えあれば、憂いなし。確かに、ある程度備えることは必要だと思います。
例えば、数蓄えておくことで暮らしがより、快適になることもありますよね。

 

 

災害時の備えなんかは、全くないよりもあったほうが安心もできます。
懐中電灯や食料の備蓄、乾電池やガスコンロなど。
いつ何が起こるかわからないからこそ、できるうちに備えておくのは大切な
意識であると思います。

 

しかし、一方で「備えすぎる必要はない」のも事実だと思っています。
というのも、やはり「いつ何が起こるかわからない」からこそ、備えるのが
有効だ…とも言える一方で、「いつ何が起こるかわからない」からこそ、
ある程度備えたら後は「先々のことを考えすぎない」のが有効だと思うからです。
→つい考えすぎるあなたへ。先々のことを考えすぎない方法とは?

 

 

いざという時のために、貯金を蓄えておいた。
しかし、長い人生結局「いざという時」なんてこなかった。
念のために、と蓄えておいた貯金も、夢を諦めて残しておいたのに結局一度も
使うことなく、この世を去ってしまった。
→お金を使うことは幸せになることに直結する

 

こんなことなら、本当に使いたかったあの時にためらわず、使って
しまえばよかった。我慢なんかするんじゃなかった。
あの時使っておけば、夢を叶えることもできたかもしれないのに…。
…などと、あの世で後悔しても遅すぎますよね。

 

 

先が見えないからこそ、「ある程度」の備えは有効。
けど、ある程度備えたなら考えすぎと同じで、必要以上に「備えすぎる」ことは
はない。
→考えすぎる人から脱却するために。「シンプルに考える」と意識する

 

備えすぎて気持ちをわずらわせたり、備えすぎて結局「使えずに、役に立たずに
終わる」なら、そんなに残念なことはありません。

今を生きる人が最短で成功する人

物事に対して、必要以上に備えすぎるとなぜよくないのか、あなたはその理由を
ご存じでしょうか?

 

 

上でも言ったように、確かに「ある程度」備えるのは必要な場合もあります。
災害時に、何も備えていなかったせいでほとほと困った…となれば
「あの時、備えておけばよかった」となるのは、目に見えていますよね。

 

しかし、やはり備え「すぎる」ことは少しやりすぎではないかと、
私個人としては思っています。
備えすぎると、必要以上に「まだ起きてもいない物事」に対して深刻になりすぎる
傾向があります。

 

 

パソコンが壊れたら困るからと、とりあえずキーボードやマウスの予備を
いくつも購入しておいた。
確かに、予備があればある程度は安心もできますが一方で、
少し考えてみてください。

 

「予備を買う、その時」は冷静になって考えてみると、「まだ壊れていない、
必要ない時」に頭の中で「壊れた時の予測をしている」ことになりますよね。
つまり、まだ使えるうちから頭で「もし、壊れたら…」と勝手に不安材料を
探している。

 

 

備えというのは、「もし」が呼び起こす行動です。
「もし、何かあったら…」「いざという時、困るかも…」これらを必要以上に
考えすぎると、やがて「どうしよう」という不安に囚われてしまいます。

 

壊れたら、どうしよう。→実際はまだ壊れてはいない。
何かあったら、どうしよう。→実際は、まだ何も起きていない。

 

 

それなのに、「予測」が現実になってはいない「不安」を呼び寄せ、
頭の中をいつも「不安でいっぱい」にしていることになります。

 

未来に対しての予測や備えは、現在を生きていることにはなりません。
意識が勝手に「まだ起こってもいない未来」に飛んでいるので、例えば今
やるべきことがおろそかにもなります。

 

 

ブログ記事を書いているのなら、その記事内容が中身のない、スカスカで
誰の心も揺さぶれない、つまらない記事にもなります。
「意識が今、ここにはない」ので、そうなるのも当然うなずけますよね。

 

 

いつ来るか、わからない未来。もしかすると、永遠に来ないかもしれない未来。
そんなもののために、先々のことを考え他でもない、あなた自身が
「今の時間」を無駄にして頭の中を不安でいっぱいにするなど、どう考えても
建設的な過ごし方とは言えませんよね。

 

ある程度備えて安心したなら、必要以上に後先のことを考えない意識も、
「今この時」に集中して、物事の質を高める最善の方法だとそう思います。

「楽するために苦労する」意識は必要ない

明日への備え。一分、一秒先の予測。
いくら予測をつけても、私たち人間に「未来を正確に予測できる力」など
備わってはいません。

 

 

思考を働かせ、ある程度の「予測」をつけることはできても、それはいわば
「想像」なので、後に現実として「正確に訪れる未来」ではありませんよね。
つまるところ、いくら想像しても想像は想像でしかない
予測が、「完全な現実」として訪れることなど、ありえません。

 

それがわかっているからこそ、私たちに「必要以上の備え」はいらない。

 

 

未来が見えないからこそ、先のことを考えては不安になるのもわかります。
見えないからこそ、念入りに備えることでなんとか不安や危険を回避したい…
と思うのは、一種の本能でもあると思います。

 

しかし、やはり「想像した通りの未来は訪れない」からこそ、その「想像」
そのものが、言ってみれば「必要のない行為」だとは思いませんか?
正確な予測がつけられないものを、あれやこれやと想像する。

 

 

実際に、後になってみればさんざん予測をつけても「全然違った現実に
なった」ということも、決して珍しくはありませんよね。
どれだけ頭を悩ませて考えても、予測は予測。それに、予測をつけようが
つけまいが「その時」は同じように訪れます。

 

だとしたら、わからないことに今頭を悩ませることそのものが時間の無駄、
だと私はそう思うようになりました。

 

 

 

タイムリミット

 

 

 

と言っても、私もかつて「楽するために苦労する」意識をずっと持っていました。

 

今楽したいから、後に対する最大の備えをいつも行っておく。
旅行や遠出の準備はいいとしても、それ以外の「予測がつかないこと」にまで
あれこれ思考を巡らせ、事前の備えをする。

 

 

例えば、「後に楽したいから」と今、「後でもできること」をする。
例えば、ブログ記事を書いている時「後になって、ネタ切れを起こすと困るから」
と、今必死になってネタを探す。「今」必要なわけじゃないのに、後に困る
ことを考えては不安になり、常にネタになりそうなことを探す。

 

後になって、困るから。後になって、心配したくないから、楽したいから。

 

 

この意識は、一見すると向上心があり前向きに「後に対する備え」を行えて
いるようにも見えます。
備えがあれば、確かに来る未来に困る可能性も少なくなるかもしれません。

 

しかし、視点を変えれば気づくことが一つあります。
それがなんだか、思慮深いあなたのことです。もう既にお分かりでしょうか?

 

 

そう、それは「後に楽するため」と言って、「今」、「後のこと」ばかりを考え
決して「今この時」を見ていない。未来のことしか見えていない。…ということ。

 

「後で楽したい」「今やっておけば、後が楽」というのは、裏を返せば
「後のことばかりを考えて、今が決して楽ではない」ということになります。

 

 

先々の備えばかりして、今必要もないのに頭の中を不安でいっぱいにする。
まだ起こってもいないことを考えては、不安の先取りをして精神を消耗する。
「後に楽するため」結局、「今」しんどい思いをしている。

 

 

私たちが生きているのは、今この時すなわち「現在」です。

 

楽するために苦労する意識を持ち、いつも「未来に対する備え」ばかり考えて
いれば、心は一つも休まりません。
なぜなら、常に「先のこと」に不安を抱いているので、結局未来は「わからない」
のですから、常に「わからないこと」を考えては自分で不安を
生み出しているためです。

 

 

わからないことは、結局「その時にならないとわからない」からこそ、今いくら
予測をつけても「わからないものはわからない」んですよね。
仮に、明日や未来にどうなるとしても今を一生懸命に生きることが唯一の「備え」
になるのではないかと、そのようにも思います。

 

なぜなら、今できることを全力で手を抜かずに行うからこそ、例えばブログなら
質が高まり、読者さんの心を揺さぶることにも繋がります。
つまり、精いっぱいやったからこそ悔いは残らないし、「今ここに集中する」
ことを続けていれば、必ず「全力投球できている」ので成長していけます。
→無気力を克服するためにしたい2つのこととは?

 

 

成長できれば、能力は高まる。ますます日々力をつける自分に自信もつく。
自信がつけば、自ずと「明日への自分」を信頼してドンと、任せられます。
すると、自分を信じているのでつまり「見えない未来に対する不安」も自然と
小さくなっていきます。

 

お分かりでしょうか?
今「この時に最大限集中して、できることを行う」ことこそが、結果的に
あなたや私自身の「未来に対する不安」をなくす、最善の方法となります。

 

 

明日が不安なら、「明日が来た時、ドンと任せられる頼もしい自分」を今から
作っていけばいい。

 

できることを、少しずつ。今を精いっぱい生きることこそが、あなたも私も
最短で成功する人になれるのだと、そう思いはしませんか。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。