満たされるために必要な考え方と、好循環の話

人に自分から優しくし、与えることのできる人がいる一方で、
自分からは何もせず、人に与えてもらうことばかりを求める人もいます。

 

私も、かつてはずっと「与えてもらうのを待つ側」の人間でした。
自分が何もしないのを棚に上げては、「誰もわかってくれない、何もして
くれない…」と不満ばかりを垂れ、やがて卑屈になっていく。

 

 

しかし、今はその悪循環を断ち切り、少しずつ「与える側」の人間になるため
行動することも、できるようになりました。

 

 

人に自分から与える人と、与えてもらうのを待つ人。
果たして、どちらが今後、より幸せに満たされた気持ちで人生を過ごせるか。

 

アフィリエイトにも、もちろん通じる意識なのでどうぞ最後までご覧に
なってみてくださいね。

 

 

・好循環を作り出す原理とは?

・負のスパイラルを生み出さないために気をつけたいこと
・自暴自棄と、前向きと。幸せにいられるのは…

好循環を作り出す原理とは?

ここで言う、「好循環を作り出す原理」とは、つまり「人に、自分から与える人」
が受けられる恩恵のことです。

 

…と、いう風に言ってしまえばどこか、見返りを求めて不純な気持ちで人に
接しているようにも感じられてしまうかもしれませんね。

 

しかし、「自分から与える人」は「人に何かしてもらうこと」に意識が
向くのではなく、多く「自分は、人に対して何ができるか?」ということに
意識が向いています。

 

 

つまり、「人からもらう」ことよりもまず「自分から与える」ことの喜びを
知っている。
人に、自分から与えることで得られる喜びを知っている。そして、人に与えれば
与えるほどに「好循環」つまり正のスパイラルに突入することを知っています。

 

好循環。例えば、人に優しくすると自分も幸せになり、心が満たされる原理。
あなたは、それがどのようなものかご存じでしょうか?

 

 

人に優しくしたり、自分から与えるとまず、気持ちが満たされます。
「人に与えられた」という満足感と、更に相手に感謝されたりなんかすると
ますます気持ちが満たされ、双方幸せにもなれますよね。

 

例えば、何かプレゼントを贈る時には、どこか気持ちがはやるもの。
「驚くかな」「早く喜ぶ顔が見たい」なんて思えば、自然とワクワクを感じて
心が満たされますよね。
→今すぐ満たされたい人のために「幸せになれる方法」とは?

 

 

この場合は、「相手に喜んでもらえること」を想像してワクワクしている面も
もちろんありますが、同時に「相手を想う行動」を自ら取ろうとしているので、
つまり「思いやりの心を育てる」ことにも繋がります。

 

人を思いやって、人の気持ちを想像して物事を行う。相手の気持ちを想像する
習慣をつけると、自然と人の気持ちに敏感になり、アフィリエイトでも
「人の心を動かす文章」が書けます。
→アフィリエイトブログを始めると成長する人になれる
→やりたくないことも積極的にできるようになった話

 

 

つまり、好循環の原理とは「人を想って、人に優しくすると自分も感謝され
双方、心が満たされる」。そして幸せを感じれば感じるほど、人は人に対して
優しくなれるので、好循環がどんどん広がっていく、というものです。

負のスパイラルを生み出さないために気をつけたいこと

一方で、負のスパイラル…つまり悪循環がどのような原理をしているか、
あなたはご存じでしょうか?

 

悪循環の原理も、好循環のそれと似てはいますが決定的に違うのはやはり
「双方、気分が悪く心が満たされない」ことです。

 

 

好循環は、人に優しくすれば互いに気持ちが満たされ、正の循環が広がる。
そして、悪循環は例えば人に危害を加える、意地悪するなどの場合。

 

当然、されたほうは嫌な気分にもなりますよね。人から攻撃されて、清々しい
気分でいられる人など、どこにもいません。

 

「傷つけられた」「攻撃された」という思いは見えない心の傷となって、
いつまでも残り続けます。
当然、理不尽に攻撃されれば「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?」
とも思うし、嫌な気分にもなりますよね。

 

 

満たされない心で、気持ちもクサクサしてしまえばそれは、新たに全く関係ない
相手に対する、八つ当たりにも繋がる可能性があります。
心に余裕がない状態で、人に優しくすることはできないのでそれもうなずけます。
→自分を大切にするための「我慢しない生き方」とは?

 

 

 

ハートチョコ

 

 

 

そして、「傷つける、攻撃するほう」は恐らく、「相手を傷つけること」を目的に
「ざまあみろ」などと言って楽しみたいのかもしれません。
しかし、一見「人の不幸は蜜の味」のような思考で、歪んだ喜びを得ている
ように見えますが、それもごく一時的なものです。

 

結局、「何も与えていない(どころか、奪っている)」生産性のない状態なので、
幸福感もなく残るのは「虚しさ」だけです。

 

 

そして、人を傷つける行動では「心が満たされることはない」ので、結局
虚しさにイライラしてまた、次も同じことを繰り返します。

 

そうやって、たくさんの人を攻撃して多くの人に恨まれ、やがて彼らは
「思いがけない、とんでもない復讐」にも合うリスクを自分で作り出しています。

 

このような、生産性のないマイナスな人と関わることは「不運」としか
言えませんが、残念ながら理不尽はそこら中にはびこってもいますよね。

 

傷つけたほうは恨まれ、どんどん心が貧しくなり。
傷つけられたほうは心を傷め、負の感情に支配される。

 

 

これを、悪循環といわず一体なんと言えるでしょうか?
互いに傷つき、生産性のない状態を作り出すくらいなら、互いに心が満たされる
「好循環」を意図して作っていくほうが、よほど建設的。

 

人の心を持ったあなたですから、そのように思うのではないでしょうか。

自暴自棄と、前向きと。幸せにいられるのは…

人に優しくすることができれば、自分も心が満たされる一方で、
自暴自棄になり「自分も大切にできない」状態だと、当然周りの人のことなど
気遣えるはずもありません。

 

上記で言った、「人を故意に傷つける、攻撃する人」というのはやはり、
心が満たされておらずいつもどこか余裕が無かったり、クサクサしているからこそ
人に対しても、「優しく振る舞えない」のだと思います。

 

 

つまり、早い話が「自分に余裕がないせいで、人に優しくできない」。
とばっちりを受ける側から見れば、とんだ迷惑ですがそれでも、当人は恐らく
そんな自分の「心の狭さ」に気づいていないので、また同じことをします。

 

 

世の中、色んな人がいますのでやはり、あなたや私の意に添わない、
理解できない人もたくさんいますよね。
当たり前のように人を傷つけ、ほくそ笑んでいる心の貧しい人には、なるべく
心を乱されたくないものです。

 

そのような人には、できれば関わらないのが一番ですが、広い世の中そうも
言っていられませんよね。
特に、集団の中に身を置いていれば「避けられない人種」はどうしても
出てきてしまいます。

 

 

例え攻撃されても、「運が悪かった」で済ませられればいいですが、なかなか
そう割り切れないこともありますよね。
私も、「大人しい」と言われるタイプの人間だったので、攻撃的な人たちから
理不尽に、何度も心ない言葉を浴びせられターゲットにされたクチでした。

 

 

「なんで、私ばっかりこんな目に遭わないといけないの?」
「一体、私が何をしたっていうの?」「なんで攻撃されなきゃいけないの?」

 

 

攻撃されて、心に見えない多大な傷を負わされる理不尽さにただ、黙って
耐え抜くのはとてもつらいです。苦しいです。悔しいですよね。
ついつい、自分も同じように「理不尽な目に遭わされた現実」を悲観して、
嫌になって自暴自棄にもなってしまいそうなものです。

 

 

 

夕日

 

 

 

しかし、少し考えてもみてください。
ここで、あなたが「攻撃されたこと」に心を傷めて落ち込み、理不尽な仕打ちに
恨みつらみを溜めたところで、果たして心が満たされるでしょうか?

 

不当な目に遭わされたことに、嘆き悲しみ行き場のない怒りをぶつけたくなる
気持ちも、よくわかります。
わけのわからない攻撃を受ければ、人が怖くもなってしまいますよね。

 

 

ですが、やはり私は今になって実際に、自分が「自暴自棄な時期」と
「前向きに過ごす時期」の両方を体験したことで、思うことがあります。
それは、「どちらが幸せに、心乱されることなく苦なく暮らせるか?」
ということ。

 

 

嫌なことをされれば、恨みが募ります。嫌な気分になり、あわよくば仕返しして
やりたい、などと思うこともありますよね。

 

しかし、やはり「嫌な人のために」心優しいあなたが「嫌な気分でいる」のと。
そんな人のことは忘れて、「楽しい気分で過ごす」のとどちらがより、
頭を悩まさず心をこれ以上傷めず過ごしていけるか、と言えば当然後者です。

 

 

なぜなら、嫌なことを意図して考え続ければ、マイナス感情が頭を占めるせいで
「ずっと嫌な思考に支配される」状態ですが、一方で
「楽しいこと」を考えれば、嫌なことなど振り切り楽しく過ごせるからですね。
→人間関係が面倒なら無理に築こうとしなくていい
→行動したいのにやる気が出ない・だるい時の対処法

 

 

どちらがいい、悪いということではないと、個人的には思っています。
「嫌なことを考え、頭を痛めて」生きる道を選び、やがて卑屈になることも
できます。
一方、「嫌なことは忘れ、楽しい人生」を意図して作る努力もできます。

 

何も、「こうするべき」だとか「あなたのために」だとかは言いません。
なぜなら、それは結局私のエゴにしかならないことをわかっているからです。

 

 

けど、「人を恨み、嫌なことを思い浮かべる苦しい人生」とそうではなく、
「嫌なことは忘れ、楽しいことを考えなるべく前向きに生きる人生」とを比べて、
「どちらがより、楽しく輝いた人生を過ごせるか?」を提示することはできます。

 

嫌な人や、嫌なことに振り回され「苦痛だらけの人生」か。それとも、
いいことに目いっぱい喜び、自分から与えて「楽しみを増やす人生」か。

 

 

どちらを選ぶのも、またどちらを作っていくのもあなたの自由です。
どうか、お好きなほうを選ばれてください。
そして、今一度「アフィリエイトでも成功するのは、果たしてどちらの人生か?」
冷静になって考えてみる時間を、作ってみてはいかがでしょうか。

 

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