引きこもり、ニートになったことのメリット

いったん不登校から引きこもりやニートになると、どうしても
「社会のレールから外れた自分」「人と同じことができない自分」を
責めてしまいがちです。

 

ですが、引きこもりやニートになったからこそ気づけることがあり、
出会える世界があるのも事実です。

 

「レールを踏み外した…」と悲観するのでなく、
どうせなら「踏み外せてよかった」と思うくらい前向きに生きていきたいですね。

 

今回は「前向きに生きることで、アフィリエイトも最短で成功させる」話です。

 

 

・社会のレールから外れなければ気づかなかったこと

・「人と同じ」を求めると「不自由」になる
・アフィリエイトに出会えるきっかけになった

社会のレールから外れなければ気づかなかったこと

不登校や引きこもり、ニートになった時一番始めに私がしてしまったことは、
やはり「社会のレールから外れて、人と同じようにできない自分」を
激しく責めることでした。

 

私たちは誰しも小さい頃から学校教育で「人と同じように、道を外さない」よう
育て上げられ、親や周りの大人たちからは「社会に出たら、働くのが当たり前」と
教え込まれてきました。

 

なので、その「当たり前」をまず疑うことなど考えもしませんでしたし、
それが社会の風潮であり「決まり」だと信じ切ってしまっていたのは
もしかすると、あなたも同じかもしれませんね。

 

 

ですが、一度社会のレールを転落してからはむしろ私は、
「型にはまった生き方」に対して疑問を感じるようになりました。

 

なんの疑問も持たずまるで当然のように国や社会のため、自分の身を粉にして
働く人々の姿を見ると「得体の知れない恐怖心」すら抱いたのを覚えています。

 

その恐怖心は、「国や社会のために、都合の良い人材として育て上げられる」
その事実に対してもですが、それよりも
「都合良く使われているのに、その事実を「当たり前」として受け入れて
しまっている、世の中の風潮」に底冷えするような寒気を覚えました。

 

 

 

雪景色

 

 

 

私は、社会のレールに沿って生きていたのはたった15年ほどですが、
それでも「学校教育」という枠組みの中にはめ込まれていました。

 

「人と同じでないこと、出る杭は打たれる社会」になんの疑問も感じず
(むしろ感じていても、世の大半の人と同じように「それが社会だ」と思い込んで
しまっていたのかもしれません)過ごしていたし、

 

「大人になったら、誰しも働いて国や社会に身を捧げなければいけない」と、
暗に「自分の生き方」すらほとんど決められてしまうシステムに対しても
「受け入れてしまう」。そんな人間に、もしかして
今も社会のレールに沿って生きていれば、なっていたかもしれません。

 

 

一般社会を生きる人々は、そもそも仕事や家庭のことに忙しくて
「自分のことを考える時間」がほとんど取れない人たちが多いように思います。

 

むしろ、国や社会によって「現在のシステムに疑問を持たれると、トップを
支えてくれる人材が減るので都合が悪い」ため、あえて彼らを
忙しくさせることで「余計なことを考える時間を与えない」という汚い策
なのかもしれませんね。

 

 

いったん不登校、引きこもりやニートになればどうしても、
今まで忙しくて仕方なかったのに「時間」を持て余すようになり、
「今まで考えもしなかったこと」を考えてしまいがちですよね?

 

 

「働かずに、自分は一体何をしているんだろう…」
「同年代はみんな、今も必死に社会で活躍しているのに…」

 

などと、余計なことを考えて一人で誰にも相談できず、苦しんでしまいがちです。

 

ですが、今でこそ私は、それは一概に悪いことだとは思っていません。

 

 

確かに、考えたくもないことを考え続けるのはつらいです。
「もう考えたくないのに…」と、一体何度寝に逃げたかもわからないくらいです。

 

しかし、上でも言ったように一般社会に生きる人たちは「考える時間」を
与えられないからこそ、「個人の自由時間をほとんど労働に充てられる現状」に
疑問を抱きません。

 

そして、「考える時間」が大幅に増えた私たちは「自分のことや、現代のシステム」
の疑問点などを考える余裕などいくらでもあるので、だからこそ
「個人の自由をほとんど奪われる社会のシステム」に疑問を感じて、
「そんな社会に、戻りたいと思わない」という結論に至るのかもしれませんね。

 

 

考える時間をたっぷりもらえたからこそ、そして一般の枠から外れたからこそ、
初めて私は「人と同じでなくても問題なく生きていける」ことに気づけました。

 

だからこそ、今は「レールを外れてよかった」と、心から思えています。

「人と同じ」を求めると「不自由」になる

不登校、引きこもりやニートになるとどうしても自分を責めてしまいがちです。
その理由は、思慮深いあなたならもうすでによくご存じですよね?

 

やはり、親や周囲の大人たちから「学校教育で列を乱さないことが正義」と
教え込まれ、
大人になったら「働くのが当然で、立派な大人」だと教え込まれてきたため
「それ以外の選択肢」を全て拒否されているように感じてしまうんですね。

 

 

「立派に勤め上げるのが大人」という、誰が決めたかもわからない価値観で
正当化され、まるで「それ以外はダメなこと」だと言わんばかりに、
「働くこと」しか認めてもらえない。なんともおかしな社会ですよね。

 

だからこそ、私たちは不登校、ニートや引きこもりになると「道を踏み外した」
と感じてしまうし、「大勢の人がやっていることが正義」とどこかで
思い込まされて育ってきたので、同じことをできない自分のことを責めます。

 

 

つまり、あなたが責めているのは「不登校、ニートや引きこもりである自分」
ではなく、「人と同じようにできない自分」であり、
不登校、ニートや引きこもりというのはただの「事例に過ぎない」んですね。

 

「人と同じようにできない自分」を責めるとは、どういうことでしょうか?

 

それはつまり、「一般社会を生き、今の世の中になんの疑問も抱かず
定年まで、身を粉にして自由時間をほとんど削って働く」ことができない
そんな自分を責めている、ということです。

 

 

 

広場

 

 

 

人には、「集団帰属欲」というものが備わっています。

 

簡単に言えば、「人と同じである自分に安心する」ことですが特に日本人は、
「人と同じこと」を強く意識するし、例えば学生時代のトイレでも
いわゆる連れションする生徒を、多く見掛けたのではないでしょうか。

 

 

「人と同じようにできない自分」を責める意識も、この集団帰属欲から
来ているのかもしれないですね。

 

本心では「したくない」と思っているのに、「みんながしているから、正しい」と
思って自分の頭では考えずにとりあえず、する。
「みんなやっているから」、やっていないアイツはおかしい。

 

 

多数派に属するだけで安心し、やがて「みんなと同じ」ことに安心して、
自分の頭で考えることをしなくなります。
まさに、今の学校教育や現代社会の風潮そのものだとは思いませんか?

 

かと言って、何も「一般社会に生きる人々」をバカにしているつもりなど全く
ありませんし、むしろ社会になじみレールに沿うことに疑問を持たずに
生きていけるのは、それはその道で当人はとても幸せなことだと思います。

 

 

ですが、私には「レールに沿って生きる」ことはできませんでした。

 

世の中の「人と同じでないといけない」ということに疑問を感じたからこそ、
私は「働くこと」を放棄してアフィリエイトで稼ぎ、「働かず自由に暮らせる未来」
を手に入れようと決心しました。

 

そして、むしろそんな「人と同じ枠から外れることのできた自分」
「世の中の風潮に疑問を感じられた自分」のことを大事にしていこうと思います。

 

 

こんなことを書いていると、残念ながら一般社会で生きる方から見れば
「コイツ、頭おかしいんじゃないか?」と思われてしまうかもしれません。
ですが、それはもうそれでいいとすら思っています。

 

私は、「自分のことを理解してくれる人、話に耳を傾けてくれる人」にしか
自分の意見を主張するつもりはありませんし、
「分かり合えそうもない人」と議論を交わす時間を取るつもりもありません。

 

分かり合えない人と話し合ったところで、お互い平行線なのでおおよそ
「時間のムダにしかならない」ことがわかっているからです。

 

 

一方で、「分かり合えそうな人」例えば、今目の前で私の記事を真剣にここまで
読んでくださっている、意欲あるあなたになら惜しみなく意見を発信して
いけますし、もし今あなたが「人と同じにできない」ことで苦しんでいるなら、
精いっぱい、少しでもその苦しみを和らげるお手伝いをしていこうと思っています。

 

「人と同じ」ことばかりに囚われて、「自分の意見が思うように言えない人」。
「少数派」でも、「自分の意見をしっかり言い、望みの未来を手に入れる人」。

 

さて、あなたはこの先どちらの人間になりたいでしょうか?

アフィリエイトに出会えるきっかけになった

不登校になっても、引きこもりやニートになったとしても。
毎日を楽しみ、理想の未来に向かって進むことはできます。
→引きこもりもニートもフリーターも幸せになっていい

 

例えば、私は引きこもり当初は「つらい」ことにばかり意識が向いていたので、
何もする気も起きず自分の未来を考える余裕など、全くありませんでした。

 

ですが、引きこもった中でも色々なことを経験し、親の不仲や自己啓発との
出会い、病気の愛犬のお世話などを通して私自身、変わることができました。
→プロフィール

 

 

状況は変わってはいません。
私は今も引きこもりですし、変わったものと言えば私の「考え方」のみです。

 

しかし、それでも引きこもり当初は「後ろ向き」で死んだように過ごしていたのが
今は、趣味や得意なことに思いきり打ち込んで「ダメな自分でも楽しめるんだ」
ということに気づきました。

 

そして、「働かずに自由に暮らせる未来」に向けて夢を持って、日々前向きに
進んでいくことができるようになりました。

 

何が言いたいか、お分かりでしょうか?

 

 

 

かざみどり

 

 

 

私は、自分が不登校にならなければ。引きこもらなければ、
ニートになって社会のレールから外れなければ、今の自分があったとは
とても思えません。

 

つまり、「引きこもったからこそ、社会のレールから外れたからこそ」
私は今「アフィリエイト」という働かずに暮らせる未来の可能性に気づけたし、
実際にその夢を実現させることを目標に今、前に進めるようになりました

 

 

もし、不登校にならず引きこもりやニートにならなければ私は今も
社会のレールに沿い、「なんの疑問も感じず」この不自由な社会で、
年老いるまで身を粉にして働いていたのかと考えると、
本当に背筋が凍る思いがします。

 

一般社会から転がり落ちたからこそ、私はアフィリエイトの可能性に気づけた
同じように、引きこもったからこそ、趣味や特技に目いっぱい打ち込む時間も
できたし、考え方が変わるきっかけも得られて結果的に大きく成長できた
前向きになれた。

 

 

そう思うと、むしろ今は「不登校になって、引きこもってよかった」とすら
思っています。こんな気づきがあるのなら、
不登校や引きこもりも「そう捨てたもんじゃない」とは思いませんか?

 

 

そして、せっかく気づけたアフィリエイトの可能性ですから、引きこもりで
時間がある今のうちに精いっぱい取り組み、仕組みづくりを完成させ
「働かずに稼ぐ、自由に暮らせる未来」を手に入れようと思っています。

 

時間があるからこそ、アフィリエイトに支障なく取り組める。
時間が取れなくなってから「あの時やっておけば」と後悔するのは避けたいし、
引きこもりニートにとって、アフィリエイトはとても相性のいいビジネスだと
実感しているところです。

 

 

せっかくアフィリエイトという、社会のレールにはまらずとも稼いでいける
仕組みに気づけたのに、それを実践せずまた将来のお金の不安を抱える生活を
続けていきたいとは、私は思いません。

 

気づけたということは、今がその仕組みづくりに取り組み完成させる最大の
チャンス、ということですよね?
成功できる人とは、目の前のチャンスを逃さず最大限活かせる人のことを
言うのだと、そんな風に思います。

 

 

チャンスを活かし、日々一歩ずつ進めば必ずいつの日か成功できます。

 

大丈夫。本気で「自由になる」覚悟のある、この記事を最後まで読める
意欲と熱意にあふれた、向上心あるあなたですから。必ずできます。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。