部活からの不登校。母親に「嫌」と言えない

私は、15歳の時部活にうまく馴染むことができなかったのをきっかけに、
当時通っていた中学を不登校になりました。

 

もともと引っ込み思案で、自分の意見を他人に言う…ということを
滅多にしてこなかった…否できなかった私は、部活でもいつも浮いた存在でした。

 

今も、当時のことを笑って振り返ることはちょっと難しいんですが、
部活の活動そのもの、「部活でやること」自体はとても楽しかったんです。
けど、団体行動において最重要とも言える、「人とのコミュニケーション」が
どうしても、いくら「取ろう」と思ってもうまく取れませんでした。

 

 

私は黙ってじっと、相手から話し掛けられるのを待つような性格でした。
つまり一言で言うと、「協調性がない」んですね。今もそれは変わりません。

 

話すのが怖い。何を話していいのか分からない。切り出し方が、わからない…
大勢と同じ教室にすし詰めにされるのは、私にとって多大な精神的ストレスです。

 

 

「話さない」のでなく「話せない」。しかし周りは当然、そんなこと知りもしませんから
「あいつ、なんで喋らないの?」と気味悪がられ、まともに人として扱ってもらえる
ことすら、ほとんどありませんでした。
どんなに理不尽で不当なことでも「まあ、あいつなら言い返さないし別にいいか」。

 

悔しさに人知れず涙を流したことも、思い返せば数知れません。
まともに向き合ってもらえないこと、同じ人として扱われないことが何より
悔しくて、つらくて仕方がありませんでした。

 

そんな「言い返せない」性格の私ですから、ちょっと気の強い部の嫌われ者に
目を付けられ、ストレス発散に使われるのも時間の問題でした。

 

 

当然、どんな理不尽なことを言われても私に言い返すことはできません…。
大した友達もいない教室で、守ってくれる人など一人もいません。
情けないながらも、自分自身ですら自分を守ることはできませんでした。

 

思えば、当時から「人と一緒に何かをする」ということは
私には到底向いていなかったように思います。

 

 

 

暗闇に浮かぶまるい月

 

 

 

ここで一つ、疑問に思われたかもしれませんね。
「不登校になるほど嫌だったんなら、部活なんてやめればよかったのに」と。
確かに、私もずっとやめたくて仕方ありませんでした。

 

結構熱心な部だったので、練習は休み返上であったし、毎日毎日
放課後を迎えて、部室に向かうのが苦痛で仕方なかった…。
緊張とストレスでいつもお腹を歩けないほど痛くしながら、部室に通う毎日。

 

 

当時部に友達はいたにはいましたが、練習する教室が違ったので、
そもそも会う機会が限られていたんですね。つまり、いないも同然でした。

 

当時の私の家は、母が権力を握っているような状態でとても厳しく、
「嫌だ」「やりたくない」という主張は認められない状態でした。

 

 

私が部活をやめたい、と思ってもやめられなかった最大の原因は、
「母に『嫌だ・やめたい』と言えなかったから」です。
そんなこと、とても言える雰囲気じゃなかったし言わせてくれる母じゃなかった。

 

それに、そもそも私は面倒くさがりなので部活自体、「入りたくない」と
思っていたんですが、それも「ダメ」と言われて、仕方なく入った部活でした。
本当は、帰宅部が良かったとの思いは結局、最後まで誰にも言えませんでした。

 

 

そして、「途中でやめるのは絶対ダメ」と釘を刺され、
最初から逃げ道を塞がれてどこにも逃げ場が無かった当時の私は、
やむなく不登校の道を選びました。

 

当時は、「誰かにわかってほしかった」「つらい気持ちを理解してほしかった」
という気持ちがとても強かったように思います。

 

 

 

崖っぷちの白い花

 

 

 

だから、その時私は誓いました。

 

もし、将来自分が子供を授かることがあっても、
「絶対に子供に無理強いはしないでおこう」、
「やりたいようにさせてあげよう」

…と。死んでも、自分と同じつらい思いはさせたくないと心から思いました。
守るべき立場の母親が、子供の敵にはなりたくない。そう思いました。

 

その当時から、私は「社会の集団生活には向いてない」とは気づいていました。
どこへ行ってもなんだか浮いてるし、友達作るのもヘタだし、
自分から話し掛けるのはすごく苦痛だし…時には、挨拶すら苦痛。
まさに、社会不適合者のお手本みたいな人間ですね。

 

 

あれほど苦痛だった部活は結局、
「最後まで続けなきゃ」という私の強迫観念とも言える思いとは裏腹に、
精神に限界をきたして途中でやめました。
3年の半ばだったので、卒業まであと半年も無かったと思います。

 

けども、たくさん傷つきながらも何とか中学は卒業することができました。

 

→不登校から、引きこもりに。楽園→地獄の毎日+父親の不倫…