不登校から、引きこもりに。楽園→地獄の毎日+父親の不倫…

今このブログを読んでくださっているということは、おそらくあなたにも
一度やニ度、引きこもりの経験、ニートになった経験があるでしょうか。
もしかしたら今、「こんな自分が嫌だ」と苦しんでいる最中かもしれませんね。

 

 

不登校から引きこもりになるのって、最初のうちは本当に
「この世の天国」とばかりに解放されて、自由な気持ちでいられるし
毎日が楽しくて仕方ないんですよね。こんな自由、味わったことないとばかりに。

 

毎日、何時に起きても学校なんて行かなくていいし、
夜更かししても次の日の授業に差し支えることもない、誰と会う必要もない…。
うちの場合は、親が共働きだったので一人の時間は夢のようだし、
ゲームやテレビやネットもし放題。自由にしてても、誰にもとがめられません。

 

 

でも、その「束の間の自由」も、「現実」を意識し始めたとたんに
「悪夢」に変わるんですよね。
自由を満喫することに慣れてくると、ふと頭の中に今まで
考えもしなかったことが浮かんできます。

 

 

「同じ年頃の子たちは、今も高校に行って真面目に授業を受けてるのに、
私は朝から家にいて、一体何をしてるんだろう…」と。

 

 

引きこもり・ニート経験があればおそらく、大抵の人が味わう感覚です。
あなたも、ひょっとして何度も
この感覚に苦しめられてきたのではないでしょうか。

 

今から思えば、「同じ時間を過ごすんだから、例え束の間の自由だとしても
楽しんで過ごせばいいのに」ということですが、
当時はまだ15~16ほどの小娘だったし、
とてもそんなことを考える余裕は、私にはありませんでした。

 

 

 

暗闇に浮かぶ細長い三日月

 

 

 

当時の私は毎日起きるのが憂鬱で、寝て「また明日が来る」ということが
とても嫌で、「明日なんて来なければいいのに」と毎日のように思っていました。
死にたい、よりも「消えて無くなりたい」。自分の存在が恥ずかしい…。
そんな思いで、ずっと出口のないトンネルを抜けられずにただ、
どうやったら楽に「消えて無くなれるか」…そんなことばかり考えていました。

 

 

そして同じ時期に、父親が不倫というまさかの行為を始めました。
今でこそ、結構客観的に笑い話にすることもできるような精神状態ですが、
当時はとても悲惨でした。

 

 

ただでさえ思春期で、多感な時期なのにそんな時に父は不倫して、
挙げ句「家、出てってもいいか?」なんて無神経なことを聞いてくる。
はい? 本当にはい? と思いました。思春期の子供に言うことではありません。
しかし、そんなこと言えるような性格じゃないので、結局何も言えませんでした。

 

父の不倫で、それ以来家の中には淀んだ空気が流れるようになりました。
不倫って、たぶん「どっちが悪い」ということはないと思うんですね。

 

 

今だから冷静に言えますが、夫婦間の愛がちゃんと行き交っていれば、
不倫することもされることもない…とどこかで聞きました。
その通りだと思います。私はそもそも結婚の経験自体ありませんが、それでも
不満があるからこそ、そういうことするんですよね。

 

父としては、「母が子供にばかり愛情を向けて、自分のほうを向いてくれない」
というのがたぶん不倫の大きな理由だったんだと思います。よくある話ですね。
でも、その当時から10年以上経った今でも、
父は未だにそっぽを向いて、まるで「自分に不倫をさせた母(妻)が全て悪い!」
とでも言わんばかりに、頑なに話さない、顔を合わせない…の体を保っています。

 

正直、子供の身としては居心地が悪くてたまりません。
ですがそのことは、どうやら父の頭には全くないようです。

 

 

でも、それでも父は不倫して、母と不仲になっても今までもずっと、
生活費を家に入れてくれています。現在進行形で。
私には兄弟がいて、こちらも色々あって今、心苦しい想いを抱え
自分の殻に閉じこもっている最中なんですが…

 

父と母が離婚せずに現在も、会話は筆談・ロクに顔を合わせない中
同じ家で生活しているのは、子供が「働いていない」からでしょう。

 

 

 

暗い障子の家

 

 

 

父とは、不倫問題があってから家庭を向かなくなったせいでまともに話す機会も
無くなり、「ただ同じ家で過ごす、赤の他人」のような状態です。
しかし、それでも家にお金を入れてくれているところはすごく、感謝しています。
働いてお金を稼いできてくれることを、心から尊敬しています。

 

ですが本来なら、一家の大黒柱であるはずの父親が、うちの家庭では蚊帳の外。
家に寝に帰って来るだけだとしても、重い空気を引き連れて帰って来ます。

 

 

だから、私は本音を言うと「父が苦手」です。
「食べさせてもらってるんだから、感謝しなきゃ」
「自分の唯一の父親なんだから、もっと大事にしなきゃ…」
…と思って、自分を無理やりにでも納得させようとしたこともありました。

 

けど、やっぱり夫婦間の問題に関して、未だに逃げ続ける父親の背中を見ると
どうしても、「情けない」という思いが先に立つんですね。
同時に、心のどこかで「私の父親なんだから、もっとちゃんとしてよ!」
思う自分がいる。…情けない姿を見たくない、のだと思います。

 

 

だから、やっぱり苦手です。
そして最近では、それならそれでいいや、と思えるようになりました。
苦手なのに、無理して好きにならなくていい。
自分の心に、気持ちに嘘つくほうが精神的にもストレスになり、よくないですね。

 

ですが同時に、やっぱりたった一人の父親を憎みきれない想いもあり、
心のどこかで愛する部分もあるのだと思うと、葛藤が生まれます。

 

 

自分が持ち込んだ問題を、「人のせい」にするのは私は嫌いです。
なぜなら、自分で自分の問題に向き合うことを放棄しているから。
「今自分の中にある現実」を、認めたくなくて
「自分以外の誰か」のせいにすることで、楽になろうとする…。

 

十代後半の頃の私もずっと、目を背け続け行ってきたことでした。
だから、私はずっと「自分のこと」が嫌いだった。死ぬほど嫌いでした。
「引きこもることを社会や、親のせいにする自分」が大嫌いだった…

 

けど、今は違います。

 

→学校嫌いなのに、通った学校は6つ。必死で社会のレールに戻ろうとした日々