学校嫌いなのに、通った学校は6つ。必死で社会のレールに戻ろうとした日々

私は引きこもっていたこの10年ほど、今まで何もしなかった訳ではありません。

 

当時の母はそれこそ子供に「ダメ!」の一点張りだったし、
「家で引きこもり、何もしないこと」を許してくれる母ではありませんでした。

 

 

中学卒業と同時に、私は自分の「学校なんて行きたくない」という意思に反して、
近場の高校へと通う事を決めました。
それが自分の意思だったのか、母の意思だったのかはもう、よく覚えていません。
ただ、言えずにいる本音はずっと「行きたくない…」でした。

 

でも、ただでさえ当時の私は部活の問題もロクに癒されていない中で、
傷ついた心を無理やり奮い立たせて、高校へと通い始めた訳です。
母の中に「行かない」という選択肢は無かったから、本音を言えずに仕方なく。
それは、母にとって「考えられない・許されないこと」だったから…

 

 

「学校は、行くのが当たり前」
「順調に学校を出て、大人になったら就職する」
「道を外れることは、許されない」

 

 

これが、当時の母の考えだったようです。
例え一時といえ、ほんの少しといえ道を外れることは、
決して許してもらえませんでした。

 

でも、私の中の本音は上でも言いましたが、何に置いても「行きたくない」
そんな思いを隠したまま、楽しく高校生活を続けられるほど私は
臨機応変に立ち回れる、器用な人間ではありませんでした。
無理がたたったとも言えます。

 

 

 

地下

 

 

 

結局、初めて行った高校は3日でやめてしまいました。
思えば、不登校に続いて人生で初めて、母に逆らって
「自分の思いを表現した」瞬間でした。

 

もう、たくさんでした。抑え込まれることにどうしても耐えられなくなりました。
当時は気づかなかったけど、今思えば少なからず
「私の本音と違うことを、無理して続けていくことにもうこれ以上耐えられない」
という思いがあったんですね。

 

 

自分の精神が壊れる前に、爆発して泣き喚きました。
学費をムダにした罪悪感に、何度も消えてなくなりたいと自分を責めました。
しかしそれでも、反抗することができて良かったと、心の底から思います。

 

やっぱり母の価値観の影響を多大に受けたのもあって、
「不登校になった」「社会のレールを外れた」という罪悪感はずっと、
胸の中でモヤモヤとくすぶっていましたが…

 

 

そして、高校を3日でやめてからしばらくは家にいて。
2年ほど経過した頃、母のすすめで自立支援の学校に通うことになりました。

 

ここでも、本当は気が進まなかったけど、
「家で養ってもらってるし、強く言える立場じゃない…」という罪悪感が常に
あったので、逆らうことはできなかったんですね。

 

 

そこは、普通の学校と違って「不登校・引きこもり」専門の学校だったので、
社会に馴染めない、友達の輪に入れない私でも通うことができました。

 

そして、そこも卒業してまた違う高校に通うことになったのが、
それから…何年後だろう。ともかく、しばらく経った後です。

 

そこは通信制だったので、無事卒業して高卒資格を取得。
でも、今思い返せば「何となく通ってた」だけだったので、
特に思い入れがあるところではありません。

 

 

無為に時間を過ごした、というか。人の輪に入るのが怖くて、孤立していました。
こんなことなら、家で一人で勉強してたほうがいくらか
マシだったんじゃないか、とか…。

 

卒業式にも出るには出ましたが、全然感慨深くなかったのを覚えています。
私にとって、「学校」はそれほど思い入れのある場所ではありません。

 

 

なのに、親の価値観に囚われて、「学校=行かなきゃいけないもの」
という思いが私の中にもずっと、渦巻いていたんですね。
「行きたくない」じゃなくて、「行かなきゃいけない、行くのが当然の所」

 

ずっと自分の本音を隠して、でも本当は心のどこかで、親の言う事に
疑問を感じながら過ごしてきていたんだと思います。
それが爆発するきっかけになったのが、中学の部活だった。

 

 

 

月のような灯り

 

 

 

結局、高校を出た後また一つ、今度は専門学校に通いました。
こっちは…また一週間ほどでやめることになりました。
二度も中退する、不甲斐ない自分が心底嫌になりました。

 

一般的に見れば、たぶん「何て堪え性のないやつ」と思われる事でしょう。
でも、今思えば「続けられない」のは当然でした。
それも当然です。「自分の本当の気持ちに嘘ついて、行かなきゃいけない」と
ずっと言い聞かせてきたので、本音と違う違和感はずっとありました。

 

そう。本当は、学校なんて大嫌いだし、集団生活なんて大嫌い。
みんなの中で、同じレールをたどって協調性を育てて、
ちょっとでもはみ出すと抑え込まれて、出る杭は打たれて…
そんな世の中に、中学の頃から無意識に「違和感」を感じていたんだと思います。

 

 

だから、本当は「やりたくない」のに、社会のルールに合わせて
「本当じゃない、自分じゃない自分」を演じて、自分を殺して生活を続けてきた…
いわゆる「自然体」じゃなかったんですね。

 

私は、引っ込み思案で目立つ事が嫌いです。
でも、だからと言ってそれがイコール、「みんなと同じがいい」
という事にはならない。どうやら、みんなと同じは嫌いのようです。
最近、自分を見つめ直してみてようやく気づきました。

 

目立ちたくないけど、みんなと同じは嫌…と言うよりも、
「あらかじめ決められたルールに、なんの疑問も感じることなく従うのが嫌」
なんです。

 

 

「こうであらなきゃいけない」「それ以外は異質」…
そんな考えが、嫌で嫌で嫌で仕方なかったんですね。

 

 

「なんでみんな同じじゃなきゃいけないの?」
「私の生き方を、他人に決められるの? その権利が誰にあるの?」
「なんで誰も疑問を感じないの…」

 

 

ずっと、言いたくても言えなかったことです。
「働けていない」自分に引け目を感じて、誰にも言えずにくすぶっていたこと。

 

それが当たり前だ、正しいんだと小さい頃から大人に押さえつけられ、
決められて何の疑いもなく進んでいく世の中が、どこかでずっと気持ち悪かった。

 

それにようやく、気づくことができました。

 

→父親の不倫。自己啓発によって変わることができた母と私