生活の質を向上させるためには「過去と未来を閉じる」

漠然と過去の自分、そして今の自分を振り返ってみて、思ったことがありました。

 

それは、過去には「明日を思いわずらうこと」ばかりしていたけど、
今振り返ってみるとそれがなくなった…ということ。
そして、「余計なことを考える時間が減った」分、「生活の質が上がった」
ということにも気づきました。

 

人間は、考え方や感じ方一つであらゆることを
つらくも、楽しくも過ごすことができます。
一体、どういうことでしょうか?詳しく見ていきましょう。

 

 

・人生を「長すぎる」と思うと疲れるが、一方で…

・今に集中する方法。キーワードは「明日はない」
・いいところを見習うのに相応しい相手は、実は○○

人生を「長すぎる」と思うと疲れるが、一方で…

まず、過去の自分と今の自分を比べてみて「一番変わった」と思える部分が
ありました。

 

それは、過去には現在を「過去の延長」そして未来を「現在の延長」という風に
考えていたこと。
一体、どういうことだと思われるでしょうか?

 

 

つまり、こういうことです。
例えばの話、一年は365日ですね。

 

そして、その中でも「現在を過去の延長、未来を現在の延長」という風に
考えると、一年は「長〜い一本道」ということになります。
長くて先の見えない一本道が、どこまでも続く。ずーっと区切りのない道が
延々と続くので、たった一つの長い道にげんなりしてしまいそうですね。

 

 

一方で、一年365日を「長い一本道」と捉えず、「365個に区切られた、
一つ一つが別のもの」と考えてみた場合はどうでしょうか?

 

つまり、早い話が「現在は過去の延長、未来は現在の延長…」ではなく、
「過去も未来もなく、今日一日だけしかない」と意識を変えてみる。

 

 

昨日を今日の延長、と考えれば「昨日が終わる頃」には自然と、明日のことが
浮かんできます。
「明日はあれをやって、これをやって…」と計画を立てるのもいいですが、
また明日が来ると今度は「明日が終わる頃」に「明後日のこと」が浮かびますね。

 

「次の日はあれをやって、これをやって」と、毎日「その日の終わり」に、
次の日のことを考える。

 

 

これでは、常に「来るであろう先のこと」を考えているので、心がなかなか
休まらないとは思いませんか?
もっと言うと、人生そのものを「一本道」と考えればその時点で、区切りが
ないのでずーっとどこまでも続く道筋に、次第に嫌気が差してしまいそうです。

 

 

私は、現在を過去の延長、未来を現在の延長…という「一本道」の考え方を
やめました。代わりに、一日一日を区切って「昨日は昨日」「今日は今日」
「明日は明日」と考えるようになりました。

 

すると、どうなったでしょうか?
「今日は今日」と、今日が来たら「今日のことだけ」を考えるようになった
ことにより、今まで頭を悩ませる要因が綺麗さっぱり、消えてしまいました。

今に集中する方法。キーワードは「明日はない」

物事に効率よく集中できる最大の方法は、「今に集中すること」です。
なぜなら、今この時だけに集中できれば、「他の余計なこと」を一切考えないので
気が散ることも、余計な思考に惑わされることもなくなるからですね。

 

しかし、それがわかっていてもなかなか「今に集中する術」を身につけられない
人は、意外と大勢おられます。
かくいう私も、過去にはずっと「過ぎたことを思いわずらい、まだ先のことを
考えては落ち込み…」ということを、繰り返していました。

 

 

わかっているけど、つい過去や未来のことを考えてしまうのは、私たちの中に
「不安」という要素があるためですね。
つまり、不安を取り除きたくて「あの時、ああしていれば」と次に向けての
解決策を探すし、「失敗したくないから」と、未来に対しての予測を立てます。
→しんどい時、つらい時。人生に疲れた時はいつも○○にいる時

 

実際、後悔するだけでは身になりませんが、反省して「次に活かす」のは
とても向上心高い、誰より伸びていける姿勢だと、そのように思います。

 

 

ただ、問題は「対策を立てすぎること、予測をつけすぎること」ですね。
つまり、考えすぎると思考が濁る原因になるので、「必要以上に考えすぎない」
ことでこそ、余分に頭を悩ませることも減るのだと思います。
→考えすぎる人から脱却するために。「シンプルに考える」と意識する

 

私も、そんな「考えすぎ」に疲れたので、今はそもそも考えることを「しない」
ために「過去」と「未来」への扉を閉じることにしました。
一体、あなたはどういうことだと思われるでしょうか?

 

 

 

道の先

 

 

 

物事を、効率よく気分よく進める最善の方法は「今に集中すること」。
しかし、余計なことを考えすぎるせいでなかなか今に集中できない。
そして、余計なことを考える最大の原因は、不安に対する予防や予測…つまり
「過去」と「未来」のことを必要以上に考えすぎるからです。

 

不安を消すのは、難しい。
なぜなら、私たちは「失敗を恐れる意識や恐怖」がそもそも人間心理として
組み込まれているので、その心理そのものを取り除くのは、不可能だからです。

 

 

だったら、結果的に「不安を増長させるきっかけ」となっている、
「過去や未来に対する思考」そのものを、やめてしまえばいい。

 

「昨日を今日の延長、今日を明日の延長」だと思うからこそ、どこまでも続く
一本道に気が休まらず、考えることをやめられない。
ならいっそのこと、視点を変えて「今日」と「過去と未来」を「別のもの」だと
意識を改めてしまえばいい。

 

 

そんな風に思い、昔は「過去」「現在」「未来」それぞれに開いていた、中を
伺うことのできる「扉」を、現在のもの以外を閉めて見えないようにしました。
つまり、現在だけを見えるようにして過去と未来をそもそも「見えないもの、
見なくて済むもの」として扱うことにした。

 

そのお陰で、そもそも「見なくていい、見る必要がない」と気づいたので
「今だけ」に集中して取り組み、結果的にあらゆる物事の質が上がるようにも
なりました。

 

 

今だけに集中し、余計な思考に惑わされることなく「冷静に、淡々と」物事を
こなせるようになったので、楽しく余裕を持って取り組める確率も当然、
上がりますよね。

 

 

過去と未来は、「見えないもの」です。過去は既に過ぎて、変えられないもの。
未来は、これから来るけど「まだ、今は見えないもの」。
だからこそ、「今考える必要のないこと」に頭を悩ませるのは、賢い時間の
使い方だとは言えない。

 

ここまで、一語一語を懸命に追ってくださる聡明なあなたのことです。
私が言うまでもなく、既に理解されていたことかもしれませんね。

いいところを見習うのに相応しい相手は、実は○○

「過去と未来」と「現在」とを分けず、現在を過去の延長、未来を現在の延長…
としていた頃には、どこかいつも気が休まりませんでした。

 

というのも、やはり「未来を現在の延長」と考えるせいで、いつも例えば
寝る前にも、「現在のバトンを、未来に渡す準備」をしていたような気がします。
つまり、言い換えれば「明日失敗したくないから、今日しっかり備えておこう」と
今日、明日の準備をおこたらずに行っていた。

 

 

確かに、防げる失敗はやはり防ぎたいですから事前に備えるのは有効策です。
しかし、どんなに備えたところで「明日はどうなるかわからない」のですから、
そもそもの話「備えを十分に活かせる保証もない」ですよね?

 

明日は、なってみないと「何が起こるかわからない」からこそ、もしかすると
見当違いの備えをしていた…ということも、ないとは言い切れません。

 

 

…と、考えれば考えるほどに「見えない未来に対する思考」は、どんどん
答えが出ないせいで濁って、やがて気分を悪くすることになってしまいます。

 

しかし、過去と未来に対する扉を閉じて、現在だけを見るようにすれば自然と
「余計なこと」を考えなくなるせいで、メリットはたくさんあります。

 

 

例えば、寝る時も「明日、ああしてこうして…」とそもそも「明日のこと」を
考えなくて済むので、つまり「余計な思考を回す必要がない」。
これがどういうことかと言うと、「十分に休息を取り、睡眠の質が上がる」ことに
繋がりますよね。

 

 

「備えあれば憂いなし」という言葉もありますが、先の見えないものに対して
「備えすぎる」のは、やはり考えすぎと同じで「自分で心配の種を生んでいる」
ことと同じではないかと、私はそのように思います。

 

そして、もう一つ「余計な思考を遮断して、今に生きる」ための
参考にしたい相手がいることを、お伝えしておきます。

 

 

 

校庭

 

 

 

例えば、校庭で元気に走り回る子供。
公園で、わいわい言いながら兄弟や友達と一緒に、楽しそうに遊ぶ子供。
彼らを見習うことで、実は「今に生きる」参考にすることができます。

 

 

「子供を見習うって言ったって、何も考えずに遊んでる彼らの一体、
どこを見習えって言うの?」

 

 

このような声が聞こえてきそうですが、答えはその言葉の中にありました。
そう、「何も考えずに」遊んでいる。
少し、思い返してみてください。

 

小さい子供、特に小学校低学年くらいまでの子供はわいわいと、「今を生きる」
ことに全力を尽くしています。
今日が来たら今日、今していることのみに集中し、余計なことを考えない。

 

 

当然、まだ幼いゆえの行動であり考え方だ、とあなたは思われるかもしれません。
大人は、子供よりも聡明で思考回路が発達しているからこそ、あれやこれやと
つい思いわずらってしまうのも、私もわかります。

 

しかし、それでも客観的に見て、あなたはどう思うでしょうか?
「あれこれ考えて、頭を悩ませる大人」と
「何も考えず、今だけを見て元気に楽しそうに過ごしている子供」。

 

 

どちらのほうが、より幸せそうに最大限「今を楽しめている」かなど、
もう言うまでもないとは思いませんか?

 

相手が子供だから、幼いからと軽視したり、甘く見るのは私は早計だと
そのように思っています。
子供だろうが、大人だろうが「見習えるところ」は積極的に見習い、取り入れる
姿勢こそがより、私たちが成長するきっかけになると思うからです。

 

 

あなたも、身近に今を精いっぱい楽しんでいる子供がいたら、一度
その姿勢を見習ってみるのも、成長に繋がる賢明な行動だと、そう思いませんか。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。