人と比べるよりも「過去の自分」と比べると、幸せになれる

人が孤独感を感じる時、自分のことを「ダメな奴」だと思う時。

 

そんな風に思うのは、どのような時かあなたはご存じですか?

 

それは、多く「自分と人と比べる時」です。

 

 

世の中に生きている以上、
私たちは自然と、誰か他の人と比べることをしますよね。

 

これは、もう幼少期から周囲の影響もあって、
私たちに染みついた感覚なので、あなたが悪いわけではありません。

 

 

ですが、一方で。

 

ついつい、「他人と比べる」のをやめることで、
前向きに生きることができるようになるのも、事実です。

 

 

これから、どこまで続くかわからない人生。
苦しく、悩み続きの人生なんて、誰だって嫌に決まっています。

 

どうせなら、一日一日を充実感にあふれた、
楽しいものにしたいですね。

 

 

・隣の芝生は青いもの

・比べるなら丸ごと「その人になりたいか?」と問うてみる
・比べる対象は「過去の自分」

隣の芝生は青いもの

隣の芝生は青い。

 

これは、「他人の持っているものは、よく見える」という意味ですね。

 

 

私たちは、日常生活の中で無意識的に、それも日常的に、
誰かしらと自分自身を比べます。

 

 

例えば芸能人が「ピアノができる」と聞けば、
その腕前を自分のものと比べたり。

 

「絵が描ける」と聞けば、その技術を自分と比べて、
「自分のほうが上だ」と思えば優越感にひたる。

 

一方で、「自分の腕前が下だ」と思えば「自分なんて、まだまだダメだ…」と、
落ち込んでしまう。

 

 

実は、私も「極度の負けず嫌い」なのか、自分に自信がないのか。

 

Aさんが「○○がうまい!」と聞けば「私のほうがうまいし!」と比べて。

 

Bさんが「○○が得意!」と聞けば、「私だって、負けてないし!」
と、勝手に勝負するクセを一人で発揮していました。

 

 

そして、「負けた」と判断したなら、これ以上ないくらいに落ち込む。
…そんな生産性のないことを、一人繰り返していたのです。

 

「そんなことするヒマがあるなら、自分を高める行動をすればいいのに…」
…と、当時の自分に言ってやりたいです。

 

 

 

そもそも、「隣の芝生は青い」…と思う最大の原因は、
「その人の結果や能力」しか目に入っていないからです。

 

一体、どういうことでしょうか?

 

 

つまり、例えば「現在、月に1億を売り上げるアフィリエイター」
に対して、「あの人はいいなあ…」と思ったとします。

 

そんな時、私たちは「あの人」の「現在稼いでいる」という部分を見て、
その人のことをうらやましいと思いますよね。

 

 

もちろん、私にもそういう傾向があるのですが、
誰もが人を見る時、「その人の出した結果、能力」ばかりを見て、
「過程にある努力や下積み」を、意識しようとしないのです。

 

 

 

氷の彫刻

 

 

 

「努力や下積み」など、決して目には見えません。

 

だからこそ私たちは、「結果、事実」という、
目に見えるものばかりに気を取られるのだと思います。

 

 

他人に対しても同じで、その人が「どうやってそこまでたどり着いたのか?」
という苦労や経験、たくさんの失敗は「そもそも、目に入らない」。

 

 

だからこそ、華やかな結果や経歴、
実力だけを見て「うらやましい」と思ってしまうんです。

 

その人が積み上げてきた苦労や努力を、想像せず「あの人はいいな」
と思うのも、確かに一つの感性と言えます。

 

 

しかし、「いいな」とうらやむ前に、
その過程にある努力や下積みを一つ一つ想像して。

 

「私も同じように頑張ろう!」と考えたほうが、
結果的に私たちが「成長するきっかけ」になるんですよね。

 

なぜなら、「成功している人」から刺激を受けて、
同じように「自分も見習おう!」と、前を向いて進んでいるからです。

 

 

生まれた時から才能を持っている人など、
ほんの一部に過ぎません。

 

 

人間ですから、私たちはつい「秀でた才能がほしい」
「特別な能力さえあれば…」「もっと機転が利いたなら…」
と、思ってもしまいがち。私も、何度も思いました。

 

 

ですが、やはりいくら願っても、
残念ながら私にも特別秀でた才能などない、「凡人」なのでした。

 

そして、どちらかと言えば不器用なので、
何かを覚えるのに苦労することも、よくあります。

 

→器用な人でなくて良かったと思ったこと

 

 

何かしら「挑戦する」には必ず、どこかで苦労がついて回りますから、
うまくいかないことにやきもきし、時に人をうらやみ。

 

誰しも、自分にしかわからない悩みを抱え、生きているもの。

 

 

これは、世の中で成功している人も決して例外ではありません。

 

9000回以上シュートを外し、300試合の勝負に敗れ、

勝敗を決める最後のシュートを任されて26回も外した。
人生で何度も失敗した。それが成功の理由だ
[出典:マイケル・ジョーダン/アメリカの元バスケットボール選手]

 

つまり、失敗という過程があるからこそ、
そして、努力した事実があるからこそ、
人は成長できるし成功へと近づけるんですね。

 

 

「過程」である失敗や苦労、努力は誰もが、
好んで人に見せようとはしません。

 

それは、劇の舞台裏を観客に見せるようなものだからです。

 

 

成功した人の「華々しい功績」にとらわれてしまうと、
やはり「私なんて、全然ダメだ…」と落ち込んでもしまいます。

 

 

けど、それよりも「あの人もきっと、
裏ではたくさん失敗してきたんだろうな…」と、
見方一つ変えてみれば。

 

案外気が楽になったり、「あの人も苦労したんだ、私も頑張ろう!」
と、意欲がわきそうに思えてきます。

比べるなら丸ごと「その人になりたいか?」と問うてみる

もう一つ、「隣の芝生は青い」と思った時に、
注意しておきたいことがあります。

 

それは、その人と比べるのなら、
一度「その人になってみたいと思うか?」
…を自分に問いかけてみる、ということです。

 

 

まず人は、その人の「一部分」をうらやみ、
「いいなあ…」と思う傾向を持っています。

 

 

例えば、足が速いと聞けばその、「足が速い」部分を見て、
「あの人はいいなあ…」「あの人みたいになりたい」と思うのですね。

 

 

足が速くても、手芸の才能はゼロかもしれない。

 

その他のスポーツは、まるでダメかもしれません。

 

 

しかし、「その他の部分」は置いておいて、
「あの人の、足が速い部分」だけを「いいなあ」と思う。

 

かくいう私も、例えば美人の芸能人などを見れば、
「いいなあ、美人で…」と、「美人なこと」だけを見てしまいます。

 

 

確かに、その人が足が速いのは事実。

 

そしてそれを、他の人が「うらやましい」と思っているのも、
また事実でしょう。

 

 

しかし、ここで一度考えてみてください。

 

 

足が速いあの人に憧れる時、「あの人みたいに足が速くなりたい」
とは思うかもしれません。

 

しかし、「あの人自身になりたい」と思う人は、果たしているでしょうか?

 

 

 

陸上

 

 

 

つまり私たちは、「あの人に憧れている」のではなく、
「あの人の「足の速さ」に憧れている」、ということになります。

 

 

だからこそ、手芸の才能がゼロな部分や、
他のスポーツがまるでダメな部分は、「いらない」と思います。

 

「足が速い」部分だけを自分のものにしたい、と思うはずです。

 

 

アフィリエイトで月に1億売り上げる人にしても。

 

「月に1億売り上げる部分」に憧れているのであって、
その他の部分を「引き継ぎたい」とは思いませんよね。

 

 

例えば、服の趣味が自分とは違うことが発覚したり、
冷え症や汗っかき、と聞くと「その部分はいらないよ」
…と、思うのではないでしょうか。

 

 

つまり、人間は「自分が持っていないものに目が行く」
性質を持っている、ということになります。

 

 

能力のある人、才能のある人に関しても、
その「能力や才能」が欲しい、と思うのであって、
「その人自体になりたい」わけではない、ということですね。

 

 

もっと正確に言えば、「私のまま、あの人の能力や才能が欲しい」
と考えている、ということですね。

 

冷静にそう考えてみれば、なんともおかしなものです。

 

 

経験や苦労もなしに手に入れた能力に、
果たして愛着や実感がわくでしょうか?

比べる対象は「過去の自分」

「あの人になりたい」「あの人がうらやましい」と思う時は、
そもそも「今の自分に何かしら、不満を抱えている時」です。

 

 

自分のことが大好きで、自分の能力や人柄に満足している人が、
他人を見て「あの人、いいな」などと果たして思うでしょうか?

 

思いませんよね。

 

 

自分のことが好きで、今の自分に満足しているからこそ、
「他人と比べる」ことをしないし、そもそも比べる必要がない。

 

比べなくても、「自分に価値がある」ことを知っているため、
わざわざ価値の確認をする必要がないからです。

 

 

一人一人、個性や価値観、育ってきた環境や感性など、
まるで違うのが、他人です。

 

だからこそ、比べることに意味などないと、そう思います。

 

 

それに、得手不得手、これまでの努力の傾向も違うからこそ、
そもそも「結果が違って当たり前」なのです。

 

 

考えてもみてください。

 

そもそもが違う人間なのに、自分と人と比べること自体が、
労力のムダ…とは思いませんか?

 

 

確かに、オリンピックやスポーツの大会、格闘ゲームにしても。
「他人と競い、勝敗を決める」ものがあるのも事実です。

 

何も、それら全てを否定しているわけではありません。

 

 

 

サッカー

 

 

 

勝敗を競うスポーツや物事は、
それら自体を「楽しむための要素」として、取り組んでいるものです。

 

つまり、プレイヤーや観客が「楽しむために、見て白熱するために」
あるいは、「結果を残すために」競う競技や大会です。

 

 

個人が、「勝ったから私は価値が高い」「負けたから価値がない」
のように、
「自分の価値を計ることを目的として、行うもの」ではありません。

 

勝ち負けをただ純粋に競い、そこに価値をつけない。

 

 

つまり、勝っても負けても互いに「価値がある」
ことをわかった上で、行うものです。

 

だからこそ、純粋に楽しめるし「競う」ことに全力を尽くせるのですね。

 

 

過去の自分と比べる習慣をつけると、「自分の成長」を実感できます。

 

そして、「過去の自分と比べること」に意識が向くので、
「他人と比べること」をしなくなります。

 

 

つまり、他人と自分を比べて勝った、負けたと一喜一憂したり、
「他人より自分が劣っている」と思い込んで落ち込むことがなくなる、
ということですね。

 

落ち込まなくなる、とは言いかえれば、
幸せになれる可能性が高まる、ということ。

 

 

過去の自分と比べれば、
あなたは何かしら「必ず」成長していることになります。

 

 

なぜなら、過去から今に向けて「何も学んでいない人」はいないからですね。

 

どんな些細なことでも、「過去と比べれば」必ず、
何かの「成果や結果」を得て、成長しているはずです。

 

しかし、もし「過去から成長していない…」と思ったなら、
今から少しずつ、自分を高める努力をしていきたいものです。

 

 

過去から、成長していない人はいない。

 

だからこそ、「ああ、私も成長してるんだ」と自分を誇りに思えるし、
一度自信がつけば前向きになり、
どんどん「学びたい、もっと成長したい」と意欲がわいてきます。

 

 

まさに、好循環と言えます。

 

この習慣を身につけるほうが、他人と比べて「自分に価値がない」
と落ち込むよりも、よほど有意義で楽しい時間を過ごせると言えます。

 

 

前向きになれれば、どんどん成長の意欲がわき、
実際に「行動する」ことも、ためらいがなくなります。

 

なぜなら、「前を向いている」ために、
自分を高めたい!…という意識が生まれるからです。

 

そして、行動することでいつの間にか、
私たちの望む「理想の未来」へたどり着いているんですね。

 

 

こんな風に未来を自分の手で「幸せな方向に築く」ためにも、
他人よりも過去の自分と比べる習慣を持ち、
心穏やかに成長していきましょう。

 

以下もあわせてどうぞ。

 

→人と比べる癖を直す、本当に正しい3つの方法

 

 

着実に知識をつけ、日々成長するあなたですから、
行動も成功も誰よりも早いはずだと、そう思います。

 

 

行動したい意欲が芽生えたら、以下もどうぞ。

 

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