停滞期を脱出したい時。乗り越え方のポイントとは?

停滞期、つまり物事がなかなか順調に進まない時。
自分の成長を実感できない時。
こんな時は、やはり気持ちも伴って沈んでしまいがちですよね。

 

特に、せっかく余計なことを考えずに物事をこなせる方法を知っても、
やはり私たちは人間ですから、一度覚えたことを忘れてしまいがちです。
→考えすぎる人から脱却するために。「シンプルに考える」と意識する
→「慢心すること」が成功への大きな妨げになる

 

 

今回は、復習と同時に見直してみたいこと、の話。
気分が落ち込んだ時、停滞期でどうにもうまくいっていない気がする時。

 

乗り越え方のポイントを知っておけば、また余計なことを考えず、物事に
集中できる自分にもなれます。

 

 

・停滞期は「心を癒す」きっかけとなる時期

・無理に元気を出すよりも、有効なこと
・無理をしないのが、ほどよく継続するためのコツ

停滞期は「心を癒す」きっかけとなる時期

せっかく知識をインプットし、アウトプットしようにもうまく記事が書けない時。
物事が順調に進まずに、アフィリエイトの成功をイメージできない時。
ありますよね。

 

できることを信じて続けてきたのに、停滞している自分にふと気づくと
「本当にこれで大丈夫なのか?」と焦ったり、不安になる気持ちもわかります。
特に、順調に進んでいればこそテンションが上がったり、モチベーションが
続くきっかけにもなりますよね。

 

 

うまく進んでいない時には、やはりいくら「今、うまくいっていない」と
決めつけるのは早計だとわかっていても、感情はなかなかついてきてくれません。
→善悪の判断を下す人ほど、生きるのがつらいと感じやすい

 

ちょっと低迷している時、停滞している時、気分が落ち込んでいる時。
元気になれない日が続く時、ちょっとしたことにすぐ心乱されてしまう時。
そんな時は、私は「心を癒す時間が必要なサイン」だと思っています。

 

一体、どういうことだと思われるでしょうか?

 

 

心を癒すサイン。つまり、「今は少し心が疲れているので、休憩が必要」
または「少し、心を癒す時間や新たな経験が必要」な時期、ということ。

 

 

体が疲れている時には、あなたも私も休息を取ります。
「眠たいな」と思えば寝るし、「風邪気味だな」と思えば、無理を押さずに
休むことを選びますよね。

 

それと同じで、「マイナスなことばかり考えてしまう時」「停滞している時」は
心が疲れているサインなんだ、と感じ取ることにしています。
疲れにいち早く気づければ、そこから対策を練って改善することも容易です。

 

詳しく見て行きましょう。

無理に元気を出すよりも、有効なこと

停滞期が、なぜ「心を癒すサイン」「心が休息を求めているサイン」となるのか
その理由を、あなたはご存じでしょうか?

 

やはり、体の場合で考えてみればわかりやすいかと思います。
例えば、風邪を引いた時に「無理をする」ことを選べば、当然風邪は悪化します。
病気の時に休まずいれば体調は急変するかもしれない。
しんどい時に思考はうまく働かないように、集中して物事を行えない。

 

 

このように、「体調が万全でない時」に休まず無理して何か、他のことを
行おうとしても決して「順調には運ばない」ですよね?
それもそのはず、自分に無理を強いている「自然体でない状態」なので、
無理して「頑張れ!」と言われたところで力を発揮できるはずもありません。
→理想が高い人ほど、現実を受け入れられない?
→なるべくストレスを溜めないために。「頑張りすぎない生き方」とは?

 

つまり、体と同じで「心」も機械のように完全などではないからこそ、
生身の人間であるからこそ、休息が必要な時期はあります。

 

 

それは、あなたの意志とは反して突然やってくるものかもしれません。
私も、体は元気で「頑張りたい意志」はあっても、どういうわけか心がついてこず
「疲れた…なんか何もしてないけど、休みたい」となることもあります。

 

そんな時が、「心が疲れている時」「心を癒すサイン」です。
そして、このような時に無理して元気を出そうとするとやはり、逆効果です。

 

 

先ほどの体の例のように、「風邪の時に頑張ると、余計に悪化する」のは明白、
やはり心も「疲れている時に無理すると、余計に悪化する」んですね。
つらい時にはいっそ素直に、休むことを選んでこそ、効率よく成功に繋がります。
→効率よく能力を伸ばすには睡眠と休息が欠かせない

 

 

 

風邪薬

 

 

 

そして、疲れている時に「無理して元気を出す」よりも、有効なことがあります。
少し低迷や停滞を感じ取って、気分が沈んでいる時。
果たして、こんな時に有効といえる策が何であるか、あなたはお分かりですか?

 

それは、「自分が今、何を求めているか?」を知る。
例えば、心が疲れていて元気がないなら「なんで元気がないんだろう?」と
少し考えてみる。

 

 

そして、「最近勉強ばっかりで、何となく漠然と癒しを求めている気がする…」
なんて思ったら、ひとまずできることをしてみる。
例えば、自己啓発書を読んで心を癒したり、丸一日休息を取ってテレビや映画に
没頭してみたり、ふらっと辺りを軽く散歩してみたり。

 

 

私の場合は、特に「知らない間に無理を強いていた」時の後、漠然と何となく
元気がなくなったりしがちです。
そんな時、「何となくテンションが低い日が続くな…」と思えば、頑張るよりも
一度気持ちを入れ替えるつもりで、一度読んだ啓発書を読んだりしています。

 

一度読んでも、私たちは人間ですから時間が経てばまた忘れます。
日常的に使う物事ならまだしも、一度や二度仕入れた程度ではまだ脳みそが
「大事なもの」として認識してくれないんですね。

 

 

そのことも手伝って、私はこのブログでも「重要なこと」は繰り返し、何度も
お伝えするように心掛けています。
繰り返し頭の中にインプットすれば、自然と「大事なもの」として忘れる頻度も
下がり、思い返せるようにもなってきます。

 

…と、少し話が逸れそうになりましたが、要は「一度吸収したと思った物事」
でも、時が経てば忘れるからこそ、心がまた「それを求めている」と思ったら
その時、もう一度インプットする…という行動を行う。

 

 

心がクサクサしている時は、学んだはずの感謝の気持ちをどこかで忘れていたり、
自分本位になって周りが見えなくなりがちだと、気づきました。
だからこそ、そんな時は「警告」だと思いながら、また忘れかけていることを
復習して、自分を見つめ直す。

 

すると、自然と忘れかけていたことを思い出して心がまた豊かになる助けや、
「疲れた心を癒す助け」となってくれて、また頑張れる時がやってきます。

無理をしないのが、ほどよく継続するためのコツ

心を癒す助け、とはいっても「決まったこと」である必要はありません。

 

例えば、私にとっては再度復習の意味も込めて自己啓発書を読むことが
結果的に「心を癒す」助けになったりもしますが、それがあなたにも
当てはまるとは限らないんですね。

 

 

そして、自分の心が今「求めているもの」が、時と場合によって違うことも
当然、あります。

 

私にしても、今日はちょっと本を読みたい…と思えば、恐らく心が「文章による
癒し」を求めている時なのでしょうし、一方でちょっと散歩したい…と思えば、
外の景色を求めている時なのだと思います。

 

 

私たちは、「何もしない時間」をどうしても「無駄な時間」だと思ったり、
「悪、ダメなこと」だと捉えてしまう節がありますよね。

 

幼少期から「たくさん勉強すること」を教え込まれて育ってきた、いわば
学校教育の成せる意識ですが、つまり「たくさん勉強して、成績を上げること」
が正義だと教え込まれたからこそ、誰しも「何もしないことはダメなこと」
だと思い込んでしまっている…そんな節があります。

 

 

だからこそ、ついつい疲れている時にも私たちは「頑張ること」を選びがち。
疲れているんだから、もう十分頑張って心や体が休息を求めているんだから、
今くらい素直に休んでみればいいのに。

 

そう頭ではわかっていても、やはり「休むこと、何もしないこと」に
強い抵抗感がある。やはり、わかっているだけにつらいですよね。

 

 

 

ベッド

 

 

 

特に、人間には「習慣」がありますから、一度「頑張ること」「活動すること」
が癖になってしまえば、途端に動かずにはいられなくなります。
一方で、「休むこと」が癖になっていれば、それもまた習慣として今度は、
なかなか「動き出すこと」ができなくもなる。
人間とは、実に厄介でめんどくさい生き物ですよね。

 

頑張る時には、余計に頑張ってしまう。けど、何もしない時は本当に何もしない。
私も、5年ほど何もせず自堕落に過ごしたかと思えば、一日8時間勉強を
自分に強いたこともあるので、ある種制御のできなさは理解しているつもりです。

 

 

しかし、その「できる時は余計にやる」けど「できない時は何もしない」
両方の経験を経た今となって、どちらにも疲れ少し思うことがありました。
それは、「結局、どちらにせよ無理をしすぎるから嫌になって、やめてしまう」
ということ。

 

つまり、「自分の限界を見極められず、頑張りすぎるから嫌になって続かない」し
「できない自分をある種『突き詰めすぎる』から、余計に自分に失望する」。

 

 

できない自分を『突き詰めすぎる』とは、つまりできない中でも「できること」
を少しだけでも、こなしていればそんな自分に少しなりとも自信はつきます。
「何もしない、できない」罪悪感があるからこそ、ほんの少し動いてみる。

 

すると、自然とできない中でもできた自分を誇りに思え、動けた自分に自信が
つく。無理をしていないので、余計に疲れることもない。
「できる『から』もっとやる」一方で「できない『から』もっとやらない」と、
どちらか一方を『突き詰める』と、両極端すぎてかえって疲れることになると、
私は身を持って体験しました。

 

 

だからこそ、むしろ今度はそれとは別の発想で「できない『からこそ』少しだけ
やってみる」、「できる『からこそ』少しだけ、休んでみる」。
…と意識して、実際に行ったお陰で無理をせず、自分の体も心も大事にすることが
できたので、結果的に物事が長続きする鍵にもなっていると思います。

 

 

「できない」と決めつけず時には「やる」ことを選んでみたり。
一方で、「できる」からと何でも背負い込まずに時には「やらない」ことを選ぶ。
そのメリハリ、つまり「できることには全力で取り組み、休む時はしっかり休む」
ことこそが、結局最短で成功を手に入れられる道なのだと、そう思いました。

 

心が疲れたなら、癒す工夫をして時に「白黒付けようとせず、グレーゾーンを
自分に許してみる」。
一つしかない自分の体と心だからこそ、良い状態を心掛ける努力もしたいですね。

 

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