人生が「つまらない毎日の連続だ」と思った時に読みたい記事

例えば、毎日同じ時間に起きて、同じサイクルで同じことをやって。
…と、淡々と毎日をこなしていれば、時に刺激のない毎日に退屈になりがち。

 

時には、意図して「刺激」を増やす工夫、楽しみを取り入れる工夫が
毎日、潤いある人生を楽しむために重要な要素となってきます。

 

 

来る日も来る日も、違った楽しみを味わえる人生に、ワクワクしたい。
あなたは、こんな風には思いませんか?

 

 

・つまらない人生が楽しい人生になった?

・人それぞれの感性。同じ出来事に「どう思うか」
・「やってみたい」が楽しみを増やすきっかけになる

つまらない人生が楽しい人生になった?

自分の人生や、毎日を「つまらない」と思うか「楽しい」と思うかは確かに、
人それぞれ。しかし一方で、「退屈な毎日」にはどうしてもマンネリ化しがち。

 

 

例えば、同じ時間に同じことを同じようなペースでやっているだけでも、
次第に「同じこと」に飽き飽きしますよね。
アフィリエイトにしても、記事作成をずっと続けていれば「早くなる」一方で
新鮮味がなくなるのも、ごく当然のことです。
→記事を書くことにマンネリ化してきたら考えたいこと

 

 

実は私も、毎日同じ時間に起きて、同じ時間に同じことをして…と、普段
「決まったサイクル」で動くことが多いので、時々「なんかつまらない…」と
正直感じてしまいがちです。

 

同じことばかりやっていても、つまらない。
時には普段と違った、刺激的なことを取り入れて楽しんでみたいですよね。

 

 

それでも、例えば勉強法を工夫したり、息抜きの方法を普段とちょっと
変えてみたりと、些細な工夫はしています。
講座や本を決まったページから読むのでなく、時には興味を引くところから
読み進めてみたり、愛犬とちょっと家の周りをふらふら出歩いてみたり。

 

「つまらない」と感じる最大の原因は、やはり「同じサイクルに飽きて、大体
何が起こるかわかっているので、刺激が足りない」せいですね。
意図して刺激を取り入れてやれば、潤いある生活にワクワクもできるわけです。

 

 

ですが、ここで一つあなたにお話ししたいことがあります。
それは、「前はつまらないことが多かったはずの人生が、最近刺激ある楽しい
ものになった」ということ。

 

一体、どういうことでしょうか?

人それぞれの感性。同じ出来事に「どう思うか」

「つまらない」と思う原因は、同じ出来事や物事に次第にマンネリ化するから。
つまり、新しいことを意図的に取り入れられれば、刺激に富んだ人生になる。

 

 

自分でも最近気づいたのですが、例えば「一年前」と「今」とを比べてみると、
次第に人生の中での「刺激」が増えていることに気づきました。
人生の中での刺激。つまり、言い換えれば「新しいこと」を意図して取り入れる
ようになった。

 

 

つまり、楽しみが増えた。…と最初は思ったのですが、その表現はどうにも
しっくりきません。そこで、見方を変えて自分の行動を少し観察してみました。
すると、見えてくることがありました。
それは、「楽しみが増えたのではなく、私自身が楽しみに参加するようになった」
…ということでした。

 

どういうことだか、あなたはお分かりですか?
昔の私は、楽しみが身近にあってもそもそも「取り入れようとしない」
人間でした。

 

 

例えば、近くのスーパーで夜店をやっている。
例えば、近くの文化施設で新しい催し物をやっている、美術展をやっている。
例えば、バス旅行やちょっとした遠出のお誘い。親戚間での新年会。

 

 

こういった、「ちょっとした楽しみ」になるかもしれない「刺激の要素」を、
意図して全て排除していました。誘われても「行かない」の一点張り。
…これは、そもそも「楽しみがない」のではなく「楽しみを取り入れる『姿勢』
が、ない」ということになりますね。

 

 

 

和室

 

 

 

つまり、一言で言えば「外へ出る用事やイベントを拒み続けていた」。
確かに、引きこもりでいればだんだん外へ出るのはおっくうにもなり、
行動範囲が狭まりがち。
しかし、自分で行動範囲を狭めておいて「つまらない、刺激が欲しい」と言うのは
それは、ただのワガママだろう…と当時の矛盾した思いに気づきました。

 

恐らく、としか言えませんが当時の私は、「外へ出ること」そのものを拒否して
「外であるイベントや用事」を全て、「楽しみではないもの」と分類していた
のだと思います。

 

 

当時は、「外へ出て傷ついた」という思いが大きかったのでしょうか、
だからこそ「外へ出る」と聞くと内容よりも「嫌だ!」という気持ちが勝って、
楽しみは「家の中で見つけるもの」のように思っていたのかもしれません。

 

しかし、年数が経ち歳を取り、ある程度傷も癒えてアフィリエイトに取り組む
ようになり、考え方も少し変わった今はつまり「視点が変わった」。
「外へ出ること=嫌」という感覚が変化し、ちょっとやってみたい…と思える
気持ちが芽生えたのだと思います。

 

 

行動範囲が「自分の家(部屋)だけ」で過ごした期間は、決して短くは
ありませんでした。
寝ても覚めても部屋、出るのは食事とトイレと風呂の時だけ。あとはずっと
同じ場所で、変化のない毎日。

 

確かに、自分の殻にこもってしまっている時は「外へ出ること」などそもそも
浮かびもしませんし、苦痛を逃れたい意識は特に強いです。
何せ、外で傷つけられた…という思いがあれば余計、出たくなんかないです。

 

 

しかし、今当時の自分を振り返ってみて言えるのは、「自分から刺激をシャット
アウトした、波のない人生」よりも「今、刺激を取り入れた毎日」のほうが
よほど、楽しく過ごせている…ということでした。

 

 

何も、無理して外に出るとかやりたくもないのにやってみる…とか「自分に
無理を強いる」必要は一つもありません。やりたくないからやらない。
清々しくていいと思います。

 

ですが、ふと今の生活に疲れたり、マンネリの中に刺激が欲しい…と思う部分が
少しでもあるなら、些細なことでも「普段と違ったこと」、やってみると
気分転換にもなるのではないかと、そのように思います。

「やってみたい」が楽しみを増やすきっかけになる

そもそも、過去の私は例えば「ヒマだ」と思っても、意図的に楽しみを増やす
努力…というか行動をしていなかったように思いました。

 

 

ヒマだ、とくれば寝るか食べるか、いつものことを「わざと時間を掛ける」か。
とにかく、新しいことを開発する意識はありませんでしたし、刺激を求めつつ
その刺激を「究極に限定化」していた。
つまり、「外に出るのは嫌」「家の中で、何か楽しいことない?」という。
当時は気づいてはいませんでしたが、とにかくワガママだったのだと思います。

 

 

それでも、時々は遠出することも全くないわけではありませんでした。
イベントがあると知れば、ポケ○ンまで行ってゲームのデータを仕入れつつ、
お土産にぬいぐるみを買って帰ったり。

 

しかし、こういったことをする時一番ネックになるのは、「普段引きこもりを
している分の代償」つまり体力です。
体力がない。付けていないんだから、無くて当然。
頭ではわかっていますが、やはり息切れするのが早いです。

 

 

一日遠出すると、次の日一日疲労感と眠気に勝てず、寝込む。
そんな「代償」が嫌でわざと、遠出して「身体を疲れさせること」を避けていた
節もありました。

 

もともと、引きこもりになる前から体力も無かったのですが、更に出歩かなく
なると、当然体力などみるみる落ちますよね。
そんな自分を目の当たりにすると、「怠惰だ」と誰にともなく責められている
ようで、嫌だった面もあると思います。

 

 

しかし、今は考え方も徐々に変わりながら、思うことがありました。

 

体力がないのはネックだし、すぐ酔うのは嫌。だけど、それでも普段から
「少しずつ、できることから体力をつける訓練をすればいい」ということ。
何も、体力がないからと今すぐくたばるわけじゃないし、気楽にすればいい。
健康にも繋がるかもしれないし、何より「動いてない不安」を取り除ける。
→効率よく稼ぐために健康管理が欠かせない理由

 

 

 

飛行機

 

 

 

そして、つまらない毎日だと思うならもう少し積極的に、お誘いやイベントごとに
乗ってみよう。
毎日出歩けば、絶対疲れて体力も続かないだろうけど、たまにや時々なら。
せっかく今、遠くに行ける環境があるんだからこれを活かさない手はない。

 

今日が平和だからと、明日もこの平和が続くとは限らない。
「今だからできるチャンス」なのかもしれない。
→行動できない人は自らチャンスを逃している人

 

 

確かに、刺激に富んだことの中には「予想外のこと」もあるかもしれない。
道中、初めての道に迷ったり、勝手がわからず戸惑うこともあるかもしれない。
それでも、「やって経験になったからこそ」次、戸惑わずに動けるようになる。
それに、「経験できた自分」に自信もつくかもしれない。

 

そんな風に、「新たな経験から得られること」を探して、今まで自分が
してこなかった「新しい体験」を味わえると思うと、勝手にワクワクできます。
そして、実際少しの勇気と度胸を出すだけで、味わえる「新たな体験」は
もしかすると、一生消えない貴重な体験になる可能性だってある。

 

 

今までは、「やる」よりも「やらないこと」を選び、自分が傷つくことから
逃げてばかりいた私でした。やらなければ、傷つかない。
新しいことも、やろうとしなければ戸惑うこともない。同じ場所にいられる。

 

しかし、やってみて初めてわかることもある。いざやってみた時、「こんな
ことなら、早くやっておけばよかった」と心から楽しめる可能性もある。
そう思うと、「やらないこと」を選択するのは一度きりの人生、もしかして
ものすごくもったいないのではないか?…と思うようになりました。

 

 

普段やらない、些細な「違ったこと」。行かない場所、身近にあるけど
取り入れず「体験」を拒んでいること、もの。
もし、それらがあなたにもあるなら一度、深く考えずにとりあえず「やって
みたい」という気持ちに従って、取り組んでみてはいかがでしょうか?

 

きっと、今まで得られなかった「新たな刺激」がそこには、潜んでいる。
そう思うと、次第にワクワクしてきませんか。

 

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