「忘れない意識」が成長スピードを速めるって知ってますか?

成長になるきっかけ、忘れ掛けていることを思い出させるきっかけは、
意外と身近にあふれているんだな、と最近思いました。

 

 

幸せになりたい、と言いながらも身近にある幸せに気づけなかったり。
→感謝の気持ちを伝えるほど、思いやりの心が育つ
自分を変えるチャンスに、気づかず通り過ぎてしまったり。
→ネガティブを治すために持ちたい2つの意識

 

 

今回は、身近なことからでも「成長になるきっかけ」を探すことはできる、
という話です。
すぐ傍にダイヤモンドの原石が転がっているのに、それに気づかず
通り過ぎてしまうのは、あまりにもったいないとは思いませんか?

 

 

・戒めになる「きっかけ」は積極的に取り入れる

・初心を忘れない意識、見直しの意識を持って気を引き締める
・新しいことを常に学ぶ意識を忘れない

戒めになる「きっかけ」は積極的に取り入れる

普段、意識して見てみれば目に付くところに、亡くなった愛犬の写真を
飾ってあります。
→プロフィール

 

亡くなった頃には、毎日が寂しくて悲しくて仕方なく、じっと眺めては想いを
馳せていた私でしたが、あれから4年以上が経過しました。
やはり、年数が経てば悲しみを癒してくれる反面、どうしても人間は忘れてしまう
生き物です。

 

 

悲しみが風化されたわけではないけど、ずっと忘れない意識、忘れたくないと
いう想いはあるけど。
それでも、やはり亡くなった直後のように立ち止まって写真を眺める意識は
自然と薄れ、気に留める頻度も減っていました。

 

そんな自分が、薄情だとは思わないものの、どこか寂しかったり、やはり
あの時の寂しさと、愛犬の面影をずっと忘れずに覚えておきたい…と思うと、
時と共に忘れてしまう自分にどうしようもなくやるせなくなることもあります。

 

 

身近な、あなたや私にとっての大切な存在。
その存在ともう、現世で二度と会えないと思えばつらいけど、それでも私たちは
嘆いていても前には進めませんよね。

 

もう同じ世界にはいないからこそ、彼らの存在を励みに、どんどん伸びていく
こと、そして忘れないことが最大の供養になると思っています。

 

そして、何日か前にふと、亡くなった愛犬の写真を目に留める機会がありました。

 

 

忘れていたわけじゃない。大切な想いが風化してしまったわけじゃない。
それでも、「何となく」気になって目を留める瞬間があったことに、
意味があると私は思いました。

 

 

ふと、少し気に留まったとしても次の瞬間、何でも無かったことにすることも
できる。意識を向けないで、通り過ぎることもできる。
けど、目を留める「きっかけ」があったことを不思議に感じながらも、私は
一度考えてみることにしました。

 

「これは、もしかして愛犬からの警告のサインではないか?」

初心を忘れない意識、見直しの意識を持って気を引き締める

なんの警告か?…と言えば、つまり「忘れそうになっていること」への警告です。

 

要するに、「あの時学んだこと、愛犬から教えてもらったこと」を心のどこかで、
もう学んだ気になって慢心していないか?忘れかけて、
ないがしろにしていないか?…という警告だと、私は受け取りました。
→「慢心すること」が成功への大きな妨げになる

 

 

一度学んだことでも、私たちは忘れてしまう生き物です。
例えば、愛犬が教えてくれた「前向きに生きる力」と、今を生きる大切さ。
→生活の質を向上させるためには「過去と未来を閉じる」
例えば、アフィリエイトなら「読者を想って、記事をつづる」ことの大切さ。
→アフィリエイト初心者が挫折しそうな時

 

 

最初の目的、「働かずに自由に暮らせる未来」を忘れてしまっている時、
あるいは薄れてしまっている時は、私たちはやる気が減退しがちです。

 

最初の目的が薄れていれば、そこへ向かって意欲を持って進む「原動力」が
小さくなってしまっているので、「自分は今、何のためにこの行動を行って
いるのか?」という疑問が生まれるためですね。

 

一度習ったことにしても、「もう覚えたから」と油断し慢心するとどうしても、
いつの間にか「間違った自分の癖がついていた」ということにもなりかねません。
時々、見直して自分の悪い癖を修正し、意図して「正しい方向」へと進む
努力も、また最短で成功する上での秘訣ではないかと思います。

 

 

 

矢印

 

 

 

例えば、私はこのブログを始めたきっかけとして、病気の愛犬から教えてもらった
こと、学んだことがたくさんありました。

 

・不自由があっても、今を一生懸命に生きることが幸せと充実に繋がること。
・何もできないと思っていた自分でも、誰かの役に立つことはできること。
・できないと嘆いて何もしないより、今できることを一つ一つこなす意識。

 

そして、病気ながら一生懸命に生きる愛犬から学んだ「前向きのひたむきさ」を
糧に、このブログでも「できないことに無理やり取り組もうとするより、今の
自分ができることを着々とこなすことで、必ず未来は明るくなる」という
自分自身の経験を元に、「働かずに自由に暮らせる未来」へと進む方法を
発信しています。

 

 

人の役に立ちたいという意識、こんな自分でも、誰かの救いになれたなら、という
意識。そして、過去に苦しんだ経験があるからこそ、同じ境遇や状況の人に
「同じ思いで苦しんでほしくない」という強い想いが、このブログの原動力です。

 

「○○だから、○○したい。」「○○をきっかけに、○○になりたいと思った。」

 

 

このような、最初の取っ掛かりの部分であり「それをしようと思ったきっかけ」
を、今一度思い返してみることでまた、やる気を出して意欲的に未来に向かって
進んで行けるのではないかと、そう思います。

 

やる気が減退した時、自分が何をしたいのかわからなくなった時。
一度過去の決意を振り返って、おさらいしてみること。
忘れ掛けていたことに気づかせてくれるきっかけは、いつも見ない周囲を
何気なく見回してみることで手に入るかもしれませんね。

新しいことを常に学ぶ意識を忘れない

一度忘れたこと、忘れかけたことを新たに見直してみる。
一度取り入れたことを、慢心を防ぐためにも再度おさらいしてみる。
これらも、「覚えた知識を更に根強く取り込み、成長する」上で欠かせない
行動であると思います。

 

ですが、これとはまた別に「新しいことを常に学ぶ意識」が非常に重要に
なってくる、と私は最近になって身に沁みて実感しました。

 

 

というのも、いくら勉強だ、インプットだ、アウトプットだ…とは言っても
そもそも「学ぶ本人にやる気がないことには、意味がない」
つまり、脳みその要領だとか学ぶセンスの良さだとか、そういうものよりも
まず一番大切なのは、「学ぶ意識、意欲」ということに気づきました。

 

一体、どういうことだかお分かりでしょうか?

 

 

つまり、1を取り入れたなら一度その「学んだ、既にマスターした1」を今度は
「2」の視点から見てみたり、「3」の視点から見てみたり。
同じ物事でも、視点を変えると見える風景も違います。
→意識を変えることで自然と行動も変わってくる
→ブログ記事のネタがなくて困った時には?

 

 

髪の毛は黒い。「なぜ黒いのか?」を知ったなら、そこで満足して終わって
しまわずに今度は「時に茶色く見える理由」を探ったり、「栄養素が足りないと
どうなるか?」を研究したり、「健康な髪を保つ方法」を調べてみたり。

 

…という、「新しいこと」を行うための「意欲」が、行動に拍車を掛けます。
つまり、「学ぶ意欲」がないのに、2も3も4も…とステップアップして
脳みそに知識を蓄積することはできないですよね。

 

 

例え、器用だったりセンスがあったり、脳みその要領が人より一段と大きかった
としても。まず「学ぶ意識」がないことには、いずれも「ない」のと同じです。
→器用な人でなくて良かったと思ったこと

 

 

 

扇子

 

 

 

持っている能力は、有効活用してこそ初めて活きてくる。
お金を使わず貯めておいても「学び」にはなりません。
→貯金が趣味。そんなに貯めてどうするの?

 

例え並外れた作曲能力があっても、それを使わないことには優れた曲は一つも
生まれません。
頭が良く、記憶力が並外れていたとしても。その能力に慢心するだけでは、
何一つ新たに得られるもの、生まれるものはありませんよね。

 

 

私は、実は昔は「人並み外れた才能」「理解力」という類のものに、憧れを
ずっと持っていました。

 

最初から、人より優れた知能や才能があるなら、きっと苦労せずに成功できる。
もしかして、あなたもこのように思ったことがあるでしょうか?

 

 

どうせ能力があるなら、低いより高いほうがいい。
才能がないよりも、あったほうがうまく活かせるに決まっている。
こんな風に考え、無い物ねだりばかりしていた私でしたが、今になって考え方も
変わりました。

 

恐らく、自分の趣味やアフィリエイトに「本気で打ち込む」ことをするように
なってから、「伸びる自分」を楽しめるようになったからだと思います。

 

 

いくら最初から伸び幅があっても、それに慢心し自分を「特別」だと勘違い
しているうちは、きっと成長は見込めない。

 

それよりも、凡人でも「努力」によって自分の能力を伸ばすことはできる。
むしろ、最初から能力が低いほうがうんと伸ばせた時に、より充実感を
味わえる。自分の成長を実感できる。

 

 

要するに、「気持ちの問題」ですが私自身、凡人代表の観点から言うと
「凡人だからこそ、コンプレックスがあるからこそより『伸びたい!』という
成長の意欲に拍車が掛かっている」と言い換えられます。

 

凡人でも、決して伸び代がないわけではない。伸び悩んでも諦めず続ければ
必ず、どこまでも伸びていける。
自分の能力の限界を知りたい!…と思うようになり、成長スピードも自然と
上がったような気すらしています。

 

 

結局、新しいことを学ぶ意識と意欲さえ忘れなければ、人間はどこまでも
際限なく伸びていける生き物だと、そのように思います。

 

雑談やご感想があればこちらからどうぞ。